交際 41 - 45


(41)
 それからどれくらい時間が経ったのか――――――ヒカルはよろよろと立ち上がると、
自分の服を持って部屋を出ていった。
 遠くで、水を使う音が聞こえてきた。
―――――風呂に行ったんか…
暫くして、軽い足音が聞こえてきた。だが、それは自分の部屋の前を通り過ぎ、廊下の
奥へと消えた。
 ……アキラのところへ行ったのか…。それも仕方がない。ヒカルはとても傷ついていた。
慰めてもらいに行ったのだろう。社は自分の布団に横になって、目を閉じた。
 しかし、ヒカルはすぐに戻ってきた。ヒックヒックとしゃくり上げながら社の隣に
延べてある布団を引きずって、部屋の端まで移動させた。そこに潜り込んでまた泣き始めた。
押さえたような声が漏れ聞こえてくる。
『進藤…どないしたんや?』
アキラはヒカルを受け入れてやらなかったのだろうか?自分と寝たヒカルを許さなかった
のだろうか?
 ヒカルを慰めたいと思った。が、それをヒカルは望んではいない。離された布団の距離が
それを物語っていた。
 ヒカルの静かな泣き声はやがて聞こえなくなり、代わりに小さな稚い寝息が聞こえてきた。
社はその寝息を聞きながら、ヒカルのことをあれこれ考えていた。結局、また眠れなかった。


(42)
 冷めた湯をかぶりながら、ヒカルは自分が如何に馬鹿だったかをあらためて考えていた。
はずみであんなことを言ったりして、その結果、自分は酷く傷ついている。
 社は何度も謝っていたが、それは社の責任ではない。
「オレがバカだから…どうしよう…塔矢…」
ヒカルは、アキラを裏切ってしまった。アキラに嫌われたら……そう思うと、ゾクリと
背筋に寒気が走った。謝ろう…素直に話せば、アキラはきっと許してくれる。可哀想にと
慰めてくれるに違いない。ヒカルは手早く服を着ると、アキラの部屋へと急いだ。

 襖に手を掛けようとしたが、その寸前でぴたりと止まってしまった。どうしても手が
動かない。
……一人で勝手に怒って、勝手に傷ついて、慰めてもらおうなんて虫が良すぎる。
ヒカルは自分の身勝手な考えが、情けなくて恥ずかしかった。これは身から出た錆だ。
自分の子供っぽい意地が招いた結果なのだ。
 部屋の中で、人が動く気配がした。アキラはまだ起きていたのかもしれない。ヒカルは
慌ててそこから離れた。
 自分にあてがわれた部屋に戻ったとき、社は既に眠っていた。ヒカルはホッと安堵の息を吐いた。
社の顔を見るのが辛かった。安心したら涙が出てきた。
「…うっくぅ…うぅ…」
ガマンしようとしても声が漏れる。ヒカルは社を起こさないように、布団の端を持ち上げると
部屋の隅まで引きずった。
 それから、頭から布団をかぶり、身体を丸めた。
―――――明日、どんな顔をして二人に会えばいいんだろう……
二人が起きる前に、家に帰ってしまおうか?でも、そんなことをしても、どのみち北斗杯の
会場で顔を会わせるのだ……
 『オレ…ホントにバカだったよぉ…』
身体のあちこちが痛い…アキラと初めてしたときも同じように痛かった。でも、あの時は
とても嬉しくて幸せだった…… けれど、今はとても辛くて惨めだ。
「塔矢…ゴメン…ゴメン…社…」
 答えが出ないまま、ヒカルは泣き疲れていつの間にか眠ってしまった。一人で眠る
布団の中は少し冷たくて寒かった。


(43)
 「おはよう、進藤」
洗面所で顔を洗うヒカルに声をかけると、彼は肩をビクリと震わせた。そして、恐る恐る
(少なくともアキラの目にはそう映った)後ろを振り返る。
「お…はよ…」
大きな瞳が不安げに揺らめいていた。
「…?どうかした?気分でも悪いのか?」
アキラがヒカルの額に触れようと、手を伸ばした。途端にヒカルが身を竦ませた。
「進藤?」
あまりの怯えように、触れかけた手を途中で止めた。
「………塔矢…オレ……」
ヒカルは何かを言いかけ、だが、すぐにキュッと唇を結んで黙り込んでしまった。
「進藤?」
先を促した。しかし、ヒカルは「なんでもない」と、一言残してそこを出て行ってしまった。


(44)
 ヒカルと入れ替わるように社が来た。彼は、自分の前をすり抜けていくヒカルの後ろ姿が
廊下の向こうに消えるまで見送っていた。
 遠ざかる軽い足音が障子を閉める音でかき消されると、社はアキラに向き直り、洗濯機を貸して欲しいと
ぶっきらぼうに頼んだ。
「………いいけど…」
了承した物の、どうして今、そんなことを社が言うのか不思議だった。今日、これから、
北斗杯のためにホテルに向かうのだ。汚れ物を洗うにしても、それを乾かす余裕などない。
「シーツ…やっぱ、洗ろとかんと…」
「それなら、まとめてクリーニングに出すから、放っておいてかまわないよ…」
社は挑戦的な視線をアキラに向けると、聞き捨てならないことを口にした。
「いくらオレでも、汚してしもたシーツを他人に洗ろて貰うほど、神経太ないからな…」
どういうこと………?
 真意をはかりかねて、アキラは社を訝しげに睨んだ。その視線を真正面から受け止めて、
社もアキラを睨み返した。沈黙が二人の会話だとでも言うように……。

 「………!?まさか………!」
アキラは社に躍りかかった。自分より僅かに背の高いその胸ぐらを強く掴み上げる。
「お前…お前なんか…信用するんじゃなかった……!」
ギリギリと音がするほど、唇を噛みしめた。


(45)
 社はアキラに掴まれたまま、見下ろすようにして吐き捨てた。
「勘違いするなや…無理矢理ヤッたわけやない…同意の上や…」
「ウソを吐くな!進藤がそんなこと…!」
アキラはますます強く社を締め付ける。社は、鬱陶しそうにアキラの手を振り払った。
「ウソやないわい!進藤がヤッてもエエゆうたんや!」
ヒカルが勢いで受けてしまったことまで言う必要はない。
「オレが進藤好きなん知っとって、据え膳供えてったんはお前や!」
アキラの鋭い視線がズブズブとあちこちに突き刺さる。負けじと社もこれ以上ないくらい強く
睨んだ。これが本物のナイフなら、お互い血まみれだっただろう。

「それに、お前に人のこと言えるンか?」
「どういう意味だ?」
アキラの眉が跳ね上がる。
 社は皺になったシャツを整えながら、アキラを見遣った。
「進藤がお前ンとこに行ったとき、追い返したんと違うンか?」
「進藤がボクの部屋に?」
 社はムッツリと押し黙った。自分とのセックスの後にヒカルが泣いてしまったなどとは、
アキラには絶対に言いたくない。だけど、アキラの部屋から戻ってきて、ヒカルのすすり泣く声を
社はずっと聞いていたのだ。ヒカルが泣き疲れて眠ってしまうまでずっと……。
 自分のことを棚に上げるわけではないが、ヒカルに対するアキラの仕打ちを許すことは
できなかった。
「どういうことだ?」
「なんでもない!」
アキラに鋭い一瞥をくれて、社は出て行った。



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