初めての体験 Asid 41 - 48


(41)
 四ヶ月ぶりに進藤に会った。北斗杯の代表選抜の日だ。ボクの進藤は、予想通り代表の座を
勝ち取った。これで、誰にも文句は言わせない。この四ヶ月間は、長かった。
 そのまま、お持ち帰りをしようと思っていたのに、進藤は用事があるとかであっさり
ボクの誘いを断った。
「後で、行くから…」
そう言い残して、去っていった進藤が、ボクの家にやって来たのは夜中の十二時を
まわってからだった。
「ゴメンね。塔矢。オレ、ちょっとしんどいんだ…だから、今日は……」
そう言う進藤の身体から、微かに香る石鹸の匂いが彼の家で使われているものとは違うように
感じたのは、ボクの気のせいだと思いたい。それに、そもそも『しんどい』って、どこの言葉?
正面切って、問いつめられないボクは、弱虫だ。だけど、進藤の無邪気な笑顔やキラキラ
している大きな瞳に見つめられて、そんなことを訊けるヤツがこの世に存在するとは思えない。
 まあいい。こうして、進藤を抱きしめて眠れるだけでも良しとしよう。しかし、こんなに
側に進藤がいるのに、何も出来ないなんて…地獄だ。し・か・も、四ヶ月ぶり(ここ重要)
の進藤の温もり…。長い睫毛や、可愛い寝息がボクの理性にケンカを売っているようだ。
 そんなこんなで、その夜ボクは良く眠れなかった。


(42)
 翌日、進藤がどうしてもと言うので、越智と社の対局を見に行った。ボクとしては、
進藤の代表入りさえ決まれば、後のメンバーはどうでも良かったのだが…。
 進藤は、社とか言うヤツをよほど気に入ったらしい。手放しで誉める。確かに昨日の
対局はすごかった。それは、認める。だが、ボクの目の前でそんなに誉めることはないだろう?
 ムカついたので、やけくそで越智を誉めた。ボクの気持ちに気づいていないのか、進藤は、
さらに社を誉める。ちっ!越智ごときじゃ力不足だな。誉めるところがもうない…。
 結局、代表は社に決まった。どうでもいいと思っていたが、コイツが代表となると話は
別だ。あ、しかもコイツ、何気に進藤とペアルック気取ってないか?そこまで、気に
するのはボクのやっかみだろうか?
 代表に決まった社に、進藤がうれしそうに駆け寄った。
「社、おめでとう!」
ニコニコ笑う進藤を見て、社が頬を赤らめた。恥ずかしそうに、目を伏せる。
「進藤!あ、ありがとぉ…」
最初に感じた不安は的中した。コイツは絶対進藤に気がある。


(43)
 でも、チームメイトになるわけだし、一応挨拶くらいしておくか。ボクもコレくらいの
分別は持ち合わせているのだ。
「社君…おめでとう…」
進藤に負けず劣らずニッコリ笑って、お祝いの言葉を述べた。
「…!?あ…おおきに…」
何だ?ボクを見て、社は明らかに動揺した。
「なあ、塔矢。社ってすげー強いと思わネエ?」
進藤が興奮したように言う。
「うん。本当に。昨日の対局もすごかったけど、今日は落ちついた堅い一局だったね。」
ボクの心のこもっていない賞賛の言葉に、進藤は、何度も頷いて「強い」を連呼した。
 無邪気にライバルを誉める進藤は、とても可愛くて微笑ましい。だが、社をボクの目の前で
誉めるのは止めた方がいい。キミが誉めれば誉めるほど、怒りの矛先は彼に向けられるのだから…。
 まあ、放っておいても、社が進藤に接する機会は北斗杯までないだろう…が、睡眠不足も手伝って、
今日のボクは、些か機嫌が悪い。だから、場合によっては、彼が北斗杯に出られないほどの
ダメージを与えることになるかもしれない。
 ふと、気がつくと、社が、ボクと進藤を少し寂し気に見ていた。どうして、そんな目で
見るんだ?何故か、罪悪感が湧き起こる。ボクらしくもない…。
 なるほど、社はどうやらボクと進藤の関係に気づいているらしい。ちょっと、可哀想な気がする。あくまで、気がするだけだが…。ボクは、進藤と違ってライバルには優しくない。
優しくしたい相手は、進藤だけなのだ。(あと、碁会所の客。ただしこちらは営業用。)


(44)
 進藤が言っていたとおり、社は外見と中身が少々違うらしい。少し、彼に興味が湧いた。
進藤が笑えば、彼もうれしそうだし、進藤がボクに甘えた仕草を見せると、切なそうな
様子を見せた。意外だな…ヤリまくっているように見えるのに…。
 ボクは、彼の全身を頭の天辺から、つま先までじっくりと眺めた。上背はあるし、細身ながらも
筋肉質だ。目つきは少々鋭いが、根は純情らしい。照れた笑顔が意外に可愛い。今まで、
周りにいなかったタイプだ。
……………………………ふーん
 昨日進藤と出来なかったので、ボクの我慢もそろそろ限界に近い。この四ヶ月、清く正しい
生活を送ってきたとは決して言わないが、やはり昨日は期待が大きかった分、落胆も激しかった。
この際だ。彼には、ボクの欲求不満を解消するための手伝いをしてもらおう。ついでに、
しっかり、釘をさして置かねば。
 しかし、腕力勝負では負けそうだ。何か策を労さなければ…。何かないかと鞄の中を探った。
手に堅いものがあたる。ああ、こんなものが入っていたのか…。最近は物騒だから、
進藤に持たせようと思って昨日持ってきていたのに、鞄に入れたまますっかり忘れていた。
鞄で隠しながら、それをじっくりと眺めた。
……………悪いね…社……コレ試させてもらうよ…
 ボクは、スタンガンを握りしめた。


(45)
 後々のことを考えて、出力は一番弱くしておこう。強力な武器だが、相手に奪われると
自分が危ない。背後からさりげなく近づいて、押し当てる。ダメージが一番少ないのは、
どこだろうか。心臓に近い辺りは止めといた方が無難だろうな。死なれては困る。
 足を狙うか……ダメージを与えられる上、逃亡も阻止できそうだ。それとも、首の辺りを
狙おうか……。首から下を無力化出来そうだし…。
 ふと、我に返る。こんなことを考えているボクは、つくづく危ない。段々、やり方が
エスカレートしているしな……このままじゃ、いつか新聞の三面記事を飾りそうだ。
 しかし、不確定な未来を憂えるよりも、今、自分の欲求を満たすことの方が大事だ。
今日の反省は、別の機会に生かすこととして、取り敢えず、目的を遂行しよう。ボクは、
社が一人になるのを待つことにした。

 「どうしたんだ?塔矢、帰らないの?」
進藤が声をかけてきた。ボクが、犯罪スレスレ(いや、犯罪そのものか?)の計画を企てて
いるなどとは、露ほども思っていないらしい。ニコニコと愛くるしい笑顔を浮かべている。
「ごめん、先に帰っていて…ボク、この後まだ用事があるから…鍵持っているよね?」
ボクは、進藤を先に帰すことにした。彼は、ちょっとがっかりしたような表情を浮かべたが、
コクンと素直に頷いた。ものすご――――――――く可愛い。夜が待ち遠しいよ。
 この後、進藤と楽しい夜を迎えるためにも、ゴメン社…ホントにゴメンね。今回は、
先に謝っておく。


(46)
 漸く、皆が帰り支度を始めた。一人、二人と対局場を後にする。後に残ったのは、
ボクと社の二人だけだ。ボクが社を待っていたように、彼もボクを待っていたらしい。
まさか…ボクと同じ目的で…!?…………そんな、わけないな。ボクのような人間が、
そうそういるとは思えない。もしいたとしたら、世も末だ。
「あの…北斗杯…よろしくお願いします。」
社がぺこりと頭を下げた。礼儀正しいヤツだな。ボクのように、表面だけではない。
「こちらこそ、よろしく。」
ボクも笑顔で返した。ここで、警戒心を与えるのは良くない。もっと、油断をさせないとな。
 社は、まだ何か言いたいことがあったのだろう。何度も口を開きかけては、躊躇うように
俯いた。なんだ?ハッキリしないヤツだな。進藤は何だってこんなヤツを……あっ!?
 ボクは、ピンときた。進藤のことだ。進藤のことで言いたいことがあるんだ。ライバル宣言でも
する気か?そんなふざけた真似をしたら、ただではすまさない。今からボクがしようと
していることより、酷い目にあわせるからな。
「もしかして、進藤のこと?」
出来るだけ、押さえて言った。社が弾かれたように顔を上げた。アタリだ。さっきの謝罪は
取り消す。
「オレ……オレ、進藤のことが…」
彼は最後まで言えなかった。ボクが、隠し持っていたものを彼の腕に押し当てたからだ。


(47)
 社は声も立てずに、昏倒した。大きく口を開けて喘いでいた。自分に起こったことを
理解できず、ボクに助けを求めるように呻いた。ボクは社の上にかがみ込んで、更に、
もう一度今度は腹にそれを押し当てた。バチバチと弾けるような音がして、社の身体が、
大きく撓んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
大きく目を見開いて、身体を反らせたまま痙攣をしている。一番弱いタイプを選んだのに、
それでも大した威力だ……と、思ったら、コレ五十万ボルトもある……。一桁間違えていた。
すまない社。……だが、やってしまったモノは仕方がない。ボクは些細なことは、いつまでも
気にしない主義だ。

 さてと……それではいただきます。ボクが社の服に手を掛けると、社は弱々しく
首を振って拒絶した。そんな目をしても無駄。ボクは、やると決めたら実行あるのみだ。
ちょっとドキドキする。社が見た目と裏腹に、シャイで初なヤツだと知ってしまったのからだ…。
そんな社をボクは今から自由にするのだ。

 手際よく服を剥いでいく。慣れたモノだ。伊達に数をこなしていない。目を閉じていても
できそうだ。
 社は、身を捩ることも手で身体を隠すことも出来ず、ただ、ボクを涙目で見つめた。
相当、苦しいんだろうな…。さすがにボクも、コレを自分では試してない。イヤ、試して
みようとは思ったんだが、あと一センチ、あと一センチをどうしても近づけることが
出来なかった。


(48)
 「なぁ…オレを…どないするんや……?」
掠れた声で問いかけてくる。どうするもこうするもヤルことは、一つに決まっているじゃないか。
それにしても惜しいな…今日は縄も手錠も持っていない。どっちにしろ動けないんだから、
必要ないんだけど、ビジュアル的に物足りないというか…。
 ボクは、ちょっと考えた。………あれが使えるかもしれない。ボクは、動けない社を
一人置いて、一旦そこを出ることにした。
「ちょぉ…待……」
苦しそうな声が追いかけてきた。心配しなくてもすぐに戻るよ。他の人に、見つからないうちにね。
でも、そっちの方が、キミにとっては幸福だと思うけどなぁ。
 ボクは、外からは簡単に見えないように襖の影に社を移動させ、扉をしっかり閉めて出ていった。

 十分ほどで戻るつもりだったのに、結構時間をとってしまった。急いで部屋に入ると、
社はまだ倒れたままだった。本当に動けないらしい。良かった。自分で試さなくて…。
もし、試していたら、倒れたまま一週間ぐらい見つけてもらえなかったかもしれない。
「あ…あんた…とうや……」
社が、苦労して首を持ち上げた。目に安堵の色が浮かんでいる。一人で裸で放っておかれて、
相当心細かったみたいだ。自分を酷い目にあわせたボク何かを頼るなんて……。可愛いヤツ。
ほんの少しだけそう思った。



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