クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 42


(42)
「・・・・・・」
沈黙が続くと間がもたない。
緒方が何故こんな必死なような目で己を見つめ続けているのか分からない。
途方に暮れて、明は少し微笑んでみせた。
緒方の目が驚きの色に見開かれる。
明は静かに云った。
「緒方さん。今回、こうしてボクが困っている時に貴方が来て下さって・・・
ボク、本当に嬉しいです。感謝しています」
明がにっこり微笑むと、緒方の目がじわっと潤んだ。

――え、・・・
己は今目の前の相手に対して、悪いことでも云っただろうか?
うろたえる明の前で緒方はそっと横を向くと袖で顔を隠し、
振り向いた時には目の潤みも消えて普段の顔に戻っていた。
「緒方さん・・・」
「・・・おまえにそう云って貰えて、ここ暫くのオレの気鬱の種も霧のように
消え失せた心地がする」
「はあ。・・・・・・?」
緒方は暫し天を仰ぎ感慨に耽っているかのように見えたが、
やがて気を取り直したように正面に向き直り、新たな膳を引き寄せた。
「・・・だがまあ今後のことは、とにかくおまえの中のそいつを追い出してからだな・・・。
賀茂。瓜の粕漬けはどうだ」
「あ、はい。いただきます」
緒方の思考の道筋を辿ることは明には出来なかったが、
食事のほうに話題が戻ったようでほっとした。
何事もなかったように肉厚の瓜の粕漬けをパリパリと噛む明を、
緒方はやはり横からじっと、穏やかな顔で見つめていた。



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