誘惑 第三部 42
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「ああ、つっかれた…!」
開口一番、アキラはそう言って、さも疲れきったように部屋に上がった。
「誰が考えたんだ。こんな窮屈なもの。」
と、ネクタイを解きながらアキラは言った。
「だったらわざわざスーツなんか着て来なきゃいいじゃんか。」
「だって棋院に行くのも久しぶりだったし、取材もあったんだから、あんまりラフな格好って訳にも
いかないだろ。」
そう言いながら外したネクタイをそこらへんに投げ捨て、シャツのボタンを一つ二つ外し、更に上着
も脱ぎ捨てると、ぱったりとベッドに倒れこんだ。
大の字になってベッドに転がったアキラを、ヒカルは呆れた目で見た。
「おまえ…さっきまでと別人みたいだぜ?」
「そう?」
「とりあえず、そこらへんに放っとくなよ、コレ。それにそのまんまだとシワになるぜ?」
アキラが投げ捨てた上着とネクタイを拾い上げてハンガーにかけながら、ヒカルは小言を続ける。
「まーったく、塔矢アキラがこんな甘ったれの不精者だなんて、今日あそこにいた連中は絶対知ら
ないぜ?」
「そうだよ。ボクは外面がいいからね。」
そう言って、ごろんとベッドの上で転がって仰向けになると、ヒカルを見上げてにっと笑った。
「今まで培ってきた習慣なんて、中々変えられないよ。
でも、キミの前では自分を作ったりしたくないんだ。」
「じゃあ、その甘ったれの無精者がおまえの本質ってわけかよ…?」
「そうかもね。」
否定しようともしないアキラに呆れかえって、転がっているアキラを見下ろした。
「ほんっと、サイテーだよな。甘ったれで、ワガママで、自分勝手で、人でなしで、そのくせスケベで、」
「その上、嫉妬深いし、独占欲は強いし、性格は歪んでるし、性的嗜好も歪んでて男にしか欲情しな
い変態だし、」
笑いながらアキラが続けた。
「あ、間違えた。欲情するのはキミにだけだった。」
そう言ってアキラはヒカルに手を差し伸べた。
呆れながら近づいてその手を取ると、思いがけない強さでぐいっと引っ張られる。
そのままベッドに引き摺り込まれ、唇が重なって、ヒカルは目を閉じた。
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