平安幻想異聞録-異聞- 42
(42)
佐為が声をひそめる。
「その夜に、御二方がどれだけ人の道にもとる所業をしたか、ここで
告白召されるおつもりか。これだけの女房、衛士の耳がある場所での言、
言い逃れはできませぬぞ。事は必ずや帝の耳にも入りましょう。そうなれば、
座間様の名にも大きく傷がつきましょうな!」
菅原が歯ぎしりした。
これだけの衆目の中、数日前の事件を公にされて困った立場に
追いやられるのは、どう考えても自分達の方だった。
座間の権力をもってしても、これだけの耳がある場所での会話を
揉み消すことは難しい。
事が表ざたになって好奇の目にさらされ、おそらく京の町を歩くのさえ
困難になるだろう立場なのは被害者である近衛ヒカルも同じだったが、
自分達が権力の座から引きずり下ろされるというのに、道連れが、
たかが検非違使ひとりというのも口惜しい。
だが、座間は落ち着いたものだ。
「いや、なんでもありませぬぞ、佐為殿、あの夜の夢があまりに
甘美なものであったものでの。夢のあ妖しに取りつかれて、
おかしなことを口走ったようじゃ。許されよ」
佐為に向かって、穏やかに笑ってみせる。
そして、慇懃な態度で、軽く礼をすると、一行は、何事もなかったように、
しずしずと衣擦れの音をさせて内裏へと向かっていった。
佐為とヒカルの横を通り抜けざまに、菅原がささやく。
「涼しい顔をしていられるのも今のうちですぞ、佐為殿」
また、なぜか座間はヒカルの耳元にわずかに顔を寄せて、
こう言った。
「佐為殿には頼れないような困ったことがおきたら、儂のところに
来るがよい。力になろうぞ」
(誰が、おまえなんかに!)
ヒカルが精一杯の虚勢をはって、座間をにらみ返す。
その時、佐為もヒカルも、それは二人のただの負け惜しみ、
捨て台詞だと思っていたのだ。
――そうでないことは、後になって嫌というほど、わからされたが。
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