初めての体験 42
(42)
ヒカルは何と応えればいいのかわからなかった。素直に頷くのも躊躇われた。
碁笥を包むようにして持つ、両の手が微かに震える。そんなヒカルの心中を察して、
「いや…いいよ。返事が欲しいわけじゃないから…」
と、嘉威が言った。
ヒカルの愛らしい唇から安堵の息がもれた。嘉威と俊彦は、何故か胸がどきりとして、
そんな自分に狼狽えた。
二人は改めて、ヒカルを見つめ直した。後ろの髪と違う、まるで、染めたように明るい前髪。
大きな瞳の周りに密集している睫毛。繊細な顎から華奢な首筋につながる曲線。
細い体躯にすんなり伸びた手足がついている。
明るさと暗さ、大胆さと繊細さが同居する不思議な魅力で、ヒカルは作り上げられているようだった。
なるほど、これならあの老人でなくても手に入れたいと思うだろう――
いけない…!自分は大分あの老人に毒されているらしい。と、嘉威は思った。
あの経験は嫌悪すべきものだった。それなのに、気がつけばあの時のことを思い出しながら、
自分を慰めている。たった一度きりのことなのに―――――。そして、この少年が自分と同じように
あの老人に汚されたのかを想像すると……嘉威は足をモゾモゾと動かした。
ふと、横にいる俊彦と目があった。彼も同じことを考えていたらしい。目の辺りが赤く
なっている。自分たちのよこしまな考えを振り払うように、二人は同時に立ち上がった。
勢い良く引かれた椅子が、ガタン―と大きな音を立てた。
驚いて、目を丸くしているヒカルに向かって手を差し出した。
「応援しています。これからも頑張ってください。」
「うん…ありがとう…」
ヒカルは順番に二人の手を握った。
手を振りながら去っていく二人を、ヒカルも同じように手を振って見送った。
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