うたかた 42


(42)
『冴木って誰だ?今そこにいんのか?』
 明らかにさっきより機嫌が悪くなっている加賀の声に、ヒカルは慌てた。
「いや、あの、ほら、えっと…」
 ヒカルは言い訳をしようとしながらも、なんで自分が言い訳しようとしているのかわからなかった。これでは浮気していたみたいではないか。
(でもキスしちゃったし…。)
『おまえ家にいるのか?』
「え?うん…」
『じゃあ今から行く。』
「はあ!?」
『なんだよ、オレが行くと都合悪いことでもあんのか?』
 いつもより低く押し殺した声は、加賀が怒っている印だ。ヒカルは背中が冷たくなるのがわかった。
「わかった、待ってる…。」
 電話の切れる音が、どこか遠くで聞こえた気がした。
「…加賀が今から来るって。」
 通話に気を取られていて気が付かなかったが、今の自分の格好を見ると、加賀から借りたアロハが片腕だけ脱がされていて、下のシャツも捲り上げられていた。
「そうか、残念。」
 冴木は爽やかに笑うと、ヒカルの肌から手を離した。
「修羅場になる前に帰ろうかな。進藤もその方がいいだろう?」
 答えに詰まるヒカルの柔らかい頬を軽くつまむ。
「それに、今日は充分収穫あったしね。」
「……!」
「進藤はすぐ赤くなるなぁ。期待しちゃうじゃないか。」
「はっ…早く帰れよ!!」
 ヒカルは冴木の背をぐいぐいと押して、ドアの前へ連れて行った。
「玄関の外まで見送ってくれよ。」
 手を繋ごうとすると、ヒカルは両手を背に回して隠してしまった。
「そんなに警戒しなくても…。」
(…まあ、そんなとこも可愛いんだけどね。)
 どうやらだいぶ重症らしい。



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