うたかた 43
(43)
雨は止みそうで止まなかった。
ヒカルは肩や腰に伸びてくる冴木の腕をかわしながら、玄関の外へ出た。
まだ昼を少しばかり過ぎた時間なのに、空は暗く重い。生暖かいが強い風は、これから上陸する台風が並みのものではないことを示していた。
「じゃあ、気を付けてね。」
「ああ。」
そう言って顔を近付けようとすると、ヒカルが素早く冴木の唇を手で押さえつけた。
「だめだからな!」
あまりにも必死で抵抗する姿に、傷つくどころか笑えてしまう。
「わかったよ。」
バイクの音が段々大きくなってくる。ヒカルはそっちの方を見て顔を輝かせた。
(あれが、加賀か…。)
よほどスピードを出してきたらしい。徐行して止まるのではなく、思いきりブレーキをかけて加賀のバイクは停止した。
メットを外し、バイクから降りた加賀を改めて見て、冴木は嫌な予感がした。
どうせ高校生のガキだと侮っていたが、身長は自分と変わらない程あるし、顔立ちも整っていた。そして何より、その瞳は全然子供のものではなかった。
(なんでこんなに世の中酸いも甘いも知ったような瞳してんだ、こいつ…。)
加賀は二人の方へ歩いてきて、まっすぐ冴木を睨み付けた。
そのままお互い値踏みするように、上から下までじろじろと見る。険悪な雰囲気を感じ取って、ヒカルが二人の間に入った。
「さ、冴木さん、もう帰るんだよね。気を付けてね。」
引きつった笑顔でさっきと同じ台詞を繰り返すヒカルに、冴木は余裕の笑みを返した。
「ああ、進藤ももう一度髪よく拭いておくんだよ。」
「うん。」
頷くヒカルにもう一度微笑んで、冴木は車に乗り込んだ。
「そうだ進藤、ちょっと。」
窓を開けて手招きする。口元に片手を当てて、内緒話のようなポーズをとると、ヒカルはすぐに察して耳を近付けた。
すかさず音を立てて頬に口づける。
「こういうベタな手に引っかかるのが、進藤の可愛い所だよね。」
「っ…!!」
テメェ、と低く呟いた加賀を無視して、冴木は車を発進させた。
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