裏階段 アキラ編 43 - 44


(43)
それでもなおアキラは食い下がってきた。
「でも、…またここに来てもいいですよね。」
念を押すように、確約を取ろうと意地になっているようだった。
「それは構わないよ。ただし、ちゃんと家の人に断ってから来るんだ。」
こちらの心臓が早鐘を打つのを悟られぬよう淡々と答える。
だがアキラは敏感にその緊張感を受け取っていた。
おそらく朝起きて、オレの顔を見た瞬間からそれを感じてはいたのだろう。
「……」
大きな瞳で不安げに見つめてくる。
「どうした。」
「…怒っていますか、緒方さん…。」
「何を、だ。」
つい語気が荒くなった。怒られると思うのならあんな事は二度とするな、と口をついて
出そうになった。アキラの小さな肩がビクリと震えた。
それでも視線を外そうとはせず、ただ黙って必死に何かを探ろうとオレの目を見つめ続ける。
自分が拒否されるのか、受け入れられるのか怯えながらも今ここで答えを求めているようだった。
思わず大きくため息が漏れた。困らせようとか、からかおうとかアキラがそういう悪戯で
ああいう事をする子供ではないのはオレが誰よりも知っている。
自分を特別な存在として認めて欲しいと訴えている、その瞳に吸い寄せられるように顔を寄せ、
アキラの額に、そして唇に自分の唇を軽く触れさせた。
「…怒っていないよ。」


(44)
瞬間、アキラの表情が安堵に明るく輝いた。
用意が整って部屋を出る時、靴を履こうと屈み込んだオレの首にアキラは腕をまわし、もう一度
キスをする事を要求してきた。顔をそちらに向けてやるとアキラが唇を押し付けて来て、にこりと笑った。
その時は子供が父親にお土産をねだるような無邪気なキスだった。
ふと、先生や明子夫人が日頃そうしてアキラにしているのかもしれないと思った。
明子夫人はともかく先生のその場面は想像しにくかったが。
だが、夜中のあのキスは違った。目を閉じていても、オレの寝顔をじっと見下ろすアキラの
視線には、子供とは思えない情念的なものを感じた。
どちらにしても、なぜアキラがここまで自分に執着するのかわからなかった。

いや、むしろ今までのアキラに対する認識が誤っていたのかもしれない。
おとなしく礼儀正しく、従順で素直な少年。
だがその内側に強い意志と激しい自我を持つものが確かに存在しつつある。
親にも見せないその内面の顔を、オレの前では隠す事をしなくなっている。
そういう相手に選ばれたのかもしれない。
「どうもありがとうございました。行って来ます。」
学校に続く通りまで送ってやると、アキラはそう言って頭をペコリと下げ、車を降りてこちらが
かなり離れるまで道路脇に立って見つめていた。

今後アキラが成長して行く上で人には言えない悩みや秘密を抱え、その重みに耐え切れなくなった時、
アキラが望めばその重さを分かつ相手になってやりたい、同志になってやりたいと考える。
その確約ならば与えられると思った。



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