日記 43 - 45
(43)
ヒカルに強引に引き留められ、アキラは仕方なくヒカルの家へ寄ることにした。ヒカルが
帰るのと入れ違いに、ヒカルの母は買い物に出かけてしまった。
ヒカルの部屋に通され、ソファー代わりにベッドの上に腰掛けた。母親の代わりに、
ヒカルが甲斐甲斐しく、飲み物やら菓子やらを運んでくる。
「ジュース切れてた……紅茶でいいよな?」
「ボクも手伝うよ。」
「だー!オレがするから!塔矢は座ってて!」
ヒカルはアキラを押しとどめた。とは、言うものの、ヒカルの手つきは、見るからに
危なっかしい。
「あち!」
マグカップの中に注いだポットの湯が、ヒカルの手にはねたのだ。
「ほら、やっぱりボクがやるよ。」
アキラの言葉に、ヒカルは渋々、場を開けた。床の上に置かれたポットの前に座って、
ティーバッグに湯を注いだ。
アキラにカップを手渡されて、ヒカルは複雑な顔をした。何だか面目なさそうな表情を
している。
「オレがサービスしようと思っていたのに…これじゃあ、いつもとおんなじじゃんか…
オレって役立たず…」
アキラは吹き出してしまった。いつものアキラらしくもなく、声を出して笑った。
役立たず何かじゃないよ。いつだって、君が必要なんだ。わかっているの――――?
「もう!笑うなよ!」
ヒカルが頬を膨らませた。
「ごめん」と謝って、ヒカルを抱き寄せた。「わわ…!」紅茶をこぼしそうになって、
ヒカルが慌てたが、構わず、アキラは、自分の胸にヒカルの頭を掻き抱いた。ヒカルは、
抵抗せずに、アキラに身体を預けてきた。暫く、二人でそのまま、動かなかった。
「…塔矢……好きだ…」
腕の中のヒカルが小さく言った。
(44)
アキラの唇が自分の唇に触れた。さっき飲んだ甘い紅茶の味がした。
「ダメだよ…お母さんが帰って来ちゃうよ…」
ヒカルが、抗議の声を上げた。アキラの手が、ヒカルの身体をまさぐり始めたからだ。
「でも、欲しい…だめ?」
アキラに「だめ?」と、聞かれて、「ダメ!」なんて言えるはずがない。自分の間近に、
アキラの奇麗な顔がある。切れ長の目が自分を捕らえて、離さない。「でも…」としか
ヒカルは答えることが出来なくて、アキラの目を見ないようギュッと目を閉じた。
アキラが、自分の瞼や頬にキスを落としてくる。小鳥がするような、優しいキスを
繰り返されて、
ヒカルの身体から力が抜けた。
お母さんが帰ってきたら、どうしよう――――そんな心配も、頭の中から消え去っていった。
ベッドの上に、抱きあったまま倒れ込んだ。アキラは、さっきと変わらない唇が触れるだけの
キスをヒカルに与え続ける。それが、途切れたとき、そっとヒカルは、目を開けてみた。
アキラが優しい目でヒカルを見つめていた。その瞳に吸い込まれてしまいそうだった。
「塔矢…?」
「冗談だよ…」
そう言って、アキラはヒカルの上からどいた。
「バレて、会えなくなると嫌だしね。」
ヒカルは少し拍子抜けした。せっかく覚悟を決めたのに…。からかわれただけなんて…。
呆然としているヒカルの前で、アキラは衣服を整えた。
「やっぱり、帰るよ。我慢できなくなると困るから…」
「それとも、キミがボクのところに来てくれる?」
(45)
「行くよ!」
ヒカルは、考えるまでもなく即答した。アキラが、驚いた顔でヒカルを見つめた。
あんまりまじまじと見るので、ヒカルは恥ずかしくなった。
だって、今日のアキラは何となく…いや、絶対ヘンだ。独りにしておきたくない。
何より自分が一緒にいたい。
「でも、家でメシ食ってからにしようぜ。でないと、塔矢またコンビニ弁当だろ?」
「それから、おマエん家に行く前に、どっかで花火買おーぜ。」
「花火?」
はしゃいで言うヒカルに、アキラが怪訝な顔で聞き返した。
「やっぱ、夏の風物は花火だろ?オレ、今年はまだ一度もやってない。」
アキラは、笑ってヒカルの提案を受け入れた。
ヒカルとアキラは並んで、夜道を歩いた。ここでは、星があまり見えないのが残念だ。
「おばさんに悪いことしたね…」
「気にしねー。お母さん、塔矢が一人暮らしだから気になるんだよ。
だって、しょっちゅう、あれ持ってけ、これ持ってけってうるさいもん。」
ヒカルの母は、てっきり、アキラが泊まっていくものと思っていた。最初は、ヒカルだって
そのつもりだった。だが、アキラがどうしても帰ると言うのを、止めることは出来ない。
なら、ヒカルがついて行くしかない。だって…アキラの様子がおかしいから…。
「進藤…手をつないでもいい?」
アキラが、躊躇いがちにヒカルに訊ねた。
「ば…聞くなよ…そんなこと………いいよ…」
アキラに手を引かれるように、ヒカルは歩いた。そう言えば、初めて、キスした時も、
こんな風にして帰ったな…。ヒカルは、急に全身が熱くなった様な気がした。
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