平安幻想異聞録-異聞- 44
(44)
「大丈夫ですか?」
佐為が問うのに、ヒカルは黙って頷いて答える。
しがみついたそのヒカルの手で、佐為の白い狩衣が、わずかに血に染まった。
「ごめん……」
小さな声でヒカルがあやまる。
「何言ってるんですか、こんな服の汚れくらい…」
「ちがう!」
ヒカルが、わずかに紅潮したままの顔をあげた。その瞳は、与えられた熱に
うるんで、ひどく扇情的だと佐為は思った。
「ちがうんだ……オレ、佐為の警護役なのに、何にも出来なかった、
動けなかった……だから……」
――本当なら、あの座間の手の者が太刀に手をかけたとき、一歩前に出て前に立ち、
佐為を守る事こそが自分の仕事だったはずだ。だが、その時ヒカルは、座間の視線に
怖じ気づいて、一歩も動くことができなかった――それをヒカルは謝っているのだ。
佐為はふんわりと笑った。
「ヒカルがあやまる必要はないんですよ」
「でも…、」
ヒカルが(え?こんなとこで?)と思ったときにはもう、唇を塞がれていた。
しばらくして、佐為が唇を放していう。
「本当にヒカルが謝る必要なんてないんです。私は、今も充分ヒカルに守って
もらってますから」
「だからって、おまえ…、こんなとこで……」
「大丈夫です。いやならね、ほら、こうして」
そう言って、佐為は笑いながら片腕をあげ、狩衣の白い袖で、二人の顔を廊下から
見えないように隠してしまう。
「こうしておいて、誰かに見とがめられたら、目のゴミを取っていたと言えば
いいのですよ」
「大人って……」
言いかけた、ヒカルの口を、再び佐為の唇が塞いだ。
ヒカルがあきれるほど、長くてやさしい口付けだった。
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