平安幻想異聞録-異聞- 45 - 46
(45)
気付けば、完全に力の抜けた体の重さは、すっかり佐為に預けられ、
口付けが終わるころには、ヒカルは畳の上にへたり込んでしまっていた。
「どうしました?ヒカル」
おかしそうに、佐為が訊く。こういう時の佐為の表情は妙に子供っぽい。
「お、ま、え、わざとだなーーーっ!立てないじゃん、帰れないじゃん、
どうすんだよ!」
ヒカルは怒ったが、感じきって涙目になった顔で睨みつけても、
どうも迫力不足だ。
「始めにその気になったのはどっちです?」
「どっちって…」
佐為がかがんで、ヒカルの手をとった。
「さっき、私が手の傷を舐めただけで、感じてたのは、どこの誰ですか?」
「………っっ」
ふたたび、手の傷に触れた佐為の唇に、ヒカルは自分の指先から甘いしびれが
走るのを感じ、思わず手を引いた。だが、逃げようとしたその手を、
佐為がそっと、押さえる。
「まさか、ヒカルがこんなところが好きだなんて気付きませんでしたよ」
「ちが…」
佐為の舌が、もう血の止まった傷に口付けし、ゆっくりと指を愛撫するように
舐める。ヒカルは、たったそれだけのことに背筋が泡立って、最後まで言葉を
口にすることすら出来ない。
――佐為だからだ。と、ヒカルは思う。
相手が佐為だから、たかが指に触れられたぐらいでこんなに感じるのだ。
佐為の、綺麗な形の唇が、ヒカルの指先の形をたどり、指と指の間まで、
丁寧に舌を這わす。
少しうつむいた佐為の髪が、揺れて、自分の手に触れる。
そんな他愛のないことにも熱くなる息を持て余して、ヒカルは、耐え入るように
肩を震わせながらうつむいてしまう。
「……ぁ………」
佐為の舌がヒカルの傷付いた手の輪郭を唇で愛撫する。
ヒカルのまだ幼さの残る指を口に含み、舌でやさしく撫でる。
いつのまにか着衣の隙間からすべりこんでいた佐為の手の冷たさに、
ヒカルの肌が震えた。
佐為の手が、ヒカルの胸の上を手探りにさまよい、ヒカルの胸の小さな蕾に
たどりついた。つぼみは既にほころんで、開花寸前に膨らんでいる。
そこに触れられた瞬間、ヒカルは小さく喉の奥で甘い声をあげた。
「……ゃ…」
(46)
胸の突起をやさしくねぶり、転がしながら、もう片方の手の方は、
ヒカルの手を取り、その手のひらの傷を舐め、指を爪の先まで
愛撫することも忘れない。
「も、……やだ…佐為っ…………お願い……っ」
ふたつの場所を同時に触れられて、それだけで、ヒカルは息も絶え絶えといった
ありさまだった。
全身をめぐる、もどかしいような熱に耐えきれず、半身を佐為の胸に
もたれかけさせる。
完全に息の上がってしまっているヒカルを、佐為はささえて、
その体を横の柱に寄りかからせ、自分は立ち上がってしまった。
「なんで……佐為…」
「少し、待っていらっしゃい」
震える声でヒカルが問い掛けるのに佐為は答えて、部屋の反対側の隅に行く。
そしてそこに並べてよせてあった几帳を動かして、外から二人のいることが
わからないように仕切りを作ってしまった。
「さすがに、大人でもね、こういうことを見つかった時のいいわけは
思いつきませんから」
そう言いながら戻ってくると、くったりと柱に体をあずけたまま、
熱い吐息をもらしているヒカルをふたたび抱きしめた。
「これなら、ヒカルがあまり高い声でも出さない限り大丈夫ですよ」
「……自信ないかも」
ヒカルが、恥ずかしげに小さく答えた。
それでも、そういいながら佐為の首に力の入らないままの手を回す。
そして、佐為の赤い小さな飾りのついた耳を甘えるように噛んだ。
それに佐為がピクリと反応したのが、妙に嬉しかった。
夕方、日も落ちきらない時間から、しかもこんな場所で睦みあう事それ自体が、
二人に奇妙な高揚感をあたえていた。
ヒカルは、普段はきっちりと着込んでいる狩衣をしどけなく乱し、
指貫の腰帯もほどいて、佐為の上に馬乗りになり、自ら腰を動かしていた。
|