平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 45 - 46


(45)
夜は明けていたが、曇っているせいもあって、まだ通りは薄暗く人々の活動の
気配はない。
道端に生える犬蓼の実の赤さだけが、浮いて見える。
少し幅のある通りに出た所で、いつもの彼にあった。
「おはよう」
賀茂アキラだ。彼はこのところ、こうして毎日のようにヒカルを待ち伏せ
している。
ヒカルは、アキラのその挨拶に返事を返しもせずに歩みを進めた。
アキラがヒカルの様子を見て、眉をひそめ、何かをいいたそうに唇を震わせ
るのを視界の端に捉えたが、無視する。
足の向く先は、碁会所だ。
秋の終わりの風は、すでに耳を切るように冷たい。
「ついてくるなよ」
ヒカルは振り返らずに告げた。
「うっとおしいんだよ」
いつから自分達はこんな風になってしまったのだろう? そう。ひと月ほど前、
ヒカルが大事なものを失ってしまう前までは、自分達は友人として仲良くやっ
ていた。ヒカルはアキラがとても好きだった。
なのに、今はその存在に神経が逆撫でされる。そばにいてほしくない。
ヒカルが彼の人を失ってしまってすぐの、あの朝、アキラがヒカルの唇に
触れたあの時から、ふたりの間は何かがずれてしまったように、ぎこちなく
なってしまった。
いったい、どこで間違ってしまったのだろう。
前はこんなではなかった。
だが、今のヒカルは、正直言ってアキラが苦手だ。アキラの前に立つことが。
陰陽師というのは、誰でもこうなのだろうか? アキラの前にたっていると、
すべてを見透かされてしまう気がするのだ。自分が心の奥に隠そうとして
いるものまで。どろりとした想いの奥、この体で燃える人に知られたくない
官能の炎の色まで。
アキラにとっては、それはとんでもない言いがかりだったけれど。


(46)

彼にしたら、それこそ、自分が人の心を見通すことができたらよかったのに
と思っていたぐらいなのだ。
で、なければ、どうしてみっともないと考えながらも、毎朝毎夕にヒカルに
くっついて歩いたりするものか、と思う。
ひと月前は違っていたのに。
アキラとヒカルは日々の相談事をしたり、一緒に怒ったり笑ったりしていた。
特に意識しなくても、互いの間には、とても温かい何かが流れていて、心が
繋がっているような、そんな感覚があったのだ。
それが、かの人が消えてからというもの、彼は急にアキラを突き放したように
心を閉ざしてしまった。
彼が悲しんでいるだろうから落ち込んでいるだろうから、一緒にそれを分かち
合い、傷を癒せたらと思っていた。だが、ヒカルはそれを拒絶したように、
アキラの前では哀しみの片鱗すら見せてくれない。
前には見えていた、ヒカルの心が――見えない。
それが切なかった。
ヒカルは碁会所の門を開けると、いつも通り、裏の井戸から水を汲み上げると、
ふき掃除を始めた。
アキラはただそれを、黙って眺めていた。

ヒカルはその足で伊角の家に向かう。さすがにそこまではアキラはついてこ
なかった。
後ろに彼の気配を感じなくなったことに、ホッとして、ヒカルは伊角の家へと
向かう。
伊角はというと、あの夜以来、何事もなかったように和やかな空気がふたりの
間には流れていて、まさにあの夜、ヒカルが「酔ったせいにして、なかったこと
にしてしまおう」と思った、その通りの展開になったといっていい。
それでも、さすがに次の日、内裏に向かう為に顔を合わせた時は気まずくて、
二人して硬直したように固まってから、ぎこちなく言葉を交わして、他の随身
たちに変な顔をされたりはしたけれど。
それでも、ヒカルは不思議と伊角に体の奥を触れられた事に、自分の痴態を
見られたことに恥ずかしさはなかった。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル