うたかた 46 - 47


(46)
 加賀の腰に回した手に、暖かいものが触れた。
 ヒカルの手に、加賀の手が重なる。
 そのままヒカルの手を持ち上げたかと思うと、加賀は小さな指にキスをした。
「…かが?」
 広い背中の向こう側からでは、その表情が見えない。
 ヒカルが小首を傾げていると、指に濡れた熱いものが絡んだ。加賀がヒカルの指を口に含んでいるのが僅かに見える。
「あ、あの…ちょっと…っ」
 ちゅく、と湿った音がして、途端にヒカルは赤くなった。反射的に腕を引き抜こうとしても、加賀にしっかり掴まれていて敵わない。
 加賀の舌はヒカルの指を丹念に愛撫して、その根本を舐め上げた。
「ぁ…ッ」
 堪えきれずに声を上げたヒカルを、加賀は振り向いてきつく抱きしめた。
「‥加賀…?」
 押しつぶされそうなほどの抱擁に面食らいながら名前を呼ぶと、加賀は少し腕の力を緩め、骨張った大きな手をヒカルの服の隙間からそっと入れた。
「っ……」
 直に腰を撫でられ、びくん、と背中が震える。何かがぞくぞくと背筋を駆け上っていった。
 普段ならそんな所触られてもくすぐったいだけなのに、今のヒカルの肌はひどく敏感になっていて、全身が性感帯になったかのようだった。
 加賀のシャツの胸元をぎゅっと握ったまま、両腕を突っぱねる。いやいやをするように首を振るヒカルを、加賀は穏やかな口づけで制した。


(47)
「ヒカル、」
 欲情しているときの加賀の声は、いつもより低く甘く耳に響く。
 昨夜抱かれたときも、この声で名前を呼ばれた。
 低く、甘く、名前を。
 それだけで、達してしまいそうで。
(いま…オレ絶対顔赤い…。)
 瞳だって、きっと今にも涙がこぼれそうなほど潤んでいる。
 羞恥と快楽が入り交じって、脳のどこかを浸食してゆく。
「おまえ、さっきのサエキとかいうやつと何した?」
「ん…っ、ぁ……なに、も…っ」
「うそつけ」
 加賀はヒカルを床に倒し、薄い胸に唇を寄せた。
「つけた覚えのないキスマークが、首についてる。」
「あ……」
「あいつともヤったのかよ。」
 違う、と否定しようとして顔を上げたとき、その射抜くような瞳にヒカルの身体がすくんだ。
「言えよ。あいつに触られて感じたか?こんな風に声上げたのかよ。」
「ちが…っ…」
 加賀の声は、もう甘さを含んでいなかった。
 噛み付くようなキスと同時に、ガチッと互いの歯がぶつかり音を立てる。
「か…加賀っ……」
 声が震える。
 さっきまでとは全然違う加賀が怖くてたまらない。
 急速に体温は下がり、頭の先から足下まで、血液がスッと引いていくのがわかった。
 ヒカルはろくな抵抗もできないまま次々と服を脱がされ、加賀を引き離そうと伸ばされた腕は、なすすべもなく宙を掻いてぱたりと床に落ちた。
 母親が階下にいるというこの危険な状況で、いつもの加賀なら絶対にこんなことはしなかっただろう。
 けれど、今の加賀には驚くほど余裕がなかった。
 苛立っていた。
 自分より大人で、自分より社会的地位が確立していて、自分よりヒカルに優しくしてやれそうな、そんな冴木の存在に。



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