Shangri-La第2章 46 - 50
(46)
アキラが振り返ると、ヒカルは座椅子の上で
抱いていたアキラを失い、バランスを崩したままの
異様に不自然な体勢なのに、起きそうな気配は露ほどもない。
「進藤、そんな変な姿勢で寝たら、後で身体痛くなるよ?」
その不思議な格好がおかしくて、半分笑いながら声をかけた。
ヒカルは弱く唸っているが、やはり動きそうには思えない。
パジャマを用意すると、アキラはもう一度、ヒカルを促した。
「進藤、着替えて布団で寝て……ここに寝間着あるし
布団もそこにあるし、すぐ寝られるから、ほら、早く」
「んー…………」
ヒカルはやっと身体をずらすと、唸りながら目も開かずに這いずり
ようやく布団まで辿り着いて、そのままその上に伏せて丸まった。
尺取り虫かなにかを移動させているかのようで、可笑しい。
「進藤…、着替えて、布団の中で寝て欲しいんだけど?」
「ん、んんぅん…」
なんとなく返事はあるが、かといってヒカルが動く気配はない。
余程眠いのだろうが、その姿が笑いを誘うのは何故だろう?
しかし、ヒカルをこのまま放っておくわけにもいかない。
(とりあえず、着替えさせないと…)
(47)
アキラはヒカルのシャツを脱がせにかかった。
ボタンも留めずに羽織っているだけのそれは、背中から
襟元を掴んで引くと、思ったよりあっさりと両腕から外れた。
しかし、パジャマを着せるとなると、手がかかりそうだ。
「進藤…、パジャマぐらい、自分で着てくれないかな?」
一応声をかけてみたものの、ヒカルは身じろぎすらしない。
軽い溜息の後、シャツを抜いたままになっている両腕に
ボタンを外した上着の両袖を通して、何度もひっかかりながら
そろそろと引き上げ、なんとか肩までかけることが出来た。
ボタンをかけてやりたいが、うつ伏せではそれもできない。
(うーん…………、まぁ、いいかな、後でも)
だんだん面倒になってきたアキラは、パジャマの前は
あっさりとあきらめ、ヒカルのベルトを外し始めた。
ジーンズのボタンを外し、前を緩めて
ウエストに手をかけたところで、ふっと思う。
(これを下ろしたら、下着…、だよね……)
握った手が、微かに震えた。
(48)
暫くそのままでいたが、小さく掛け声をかけながら
思い切りぐいっと、折られた膝まで一息にジーンズを下ろした。
相も変わらず細い腰が、下着一枚だけでこちらに突き出されている。
前に、ヒカルを風呂に入れて、全身洗ってやったときの感覚が
ふと頭を掠めて―――奇妙な動悸がする。
慌ててぎゅっと目をつむって首を振り、深呼吸すると大きく叫んだ。
「進藤!寝間着ぐらい自分で着てくれ!
布団にぐらい自分で寝られないのか!!!」
とは言っても、後半は掠れて声にもならなかったのだが…。
少しして、ヒカルは答えるように唸りながら
仰向けにころりと転がって、
そしてまた一人、瞼の奥の世界へ引き返してしまった。
何度呼んでも、最早ぴくりとも反応してはくれない。
そんな様子に、アキラは荒く吐息をつき
思いっきり唇をつきだしながら、ジーンズを脱がせて
難儀しながらパジャマのズボンを無理やり履かせた。
さらに上着のボタンもかけてから、
無理やりヒカルを布団の中に押し込んだ。
(49)
「もうっ!何だよ何だよ何だよっ!!!」
顔も目も、耳まで真っ赤にしてアキラはヒカルに怒鳴りつけた。
(…ったく、人の気も知らないで……)
それでも変わらず、気持ちよさそうに眠っているヒカルの目には
唇をこれ以上ないほどに尖らせて、
泣きそうなほどに潤んだ瞳で睨みつけるアキラが映るはずもない。
アキラはしばらくそのまま立ち尽くしていたが、
どうにもならず、結局、先程までヒカルのいた座椅子に座り、
傍らに置かれた、冷めきったお茶の入ったカップを取った。
別に、何がしたかったわけでも、何をして欲しかったわけでもない。
そう思ってはいるのだが、やはり目の前に居ると
色々と期待せずにはいられない。
「あーあ、ボクももう寝ちゃおうかなぁ…」
眠るにはあまりに早い時間だったが、ヒカルが眠ってしまった以上
する事もないし、ただここでこうしていても、もやもやするばかりだ。
(50)
アキラは手早く仕度を済ませて、部屋の電気を消すと
ヒカルのいる布団に端から潜り込みながら、
大の字で眠るヒカルを押しやり、自分の場所を作ると
ヒカルにしがみつくようにして、アキラはそっと目を閉じた。
色々と思うところはあるが、それでも、
明朝、目が覚めた時にヒカルがここにいるなら、
それで十分なような気もする。
これからのことは、明日起きたら二人で少し考えよう。
まだ眠るには早すぎて、眠れないまま色々なことを考えていたが
ずっと二人で会えずに居た日々と、隣にヒカルがいる今とでは
明らかに考え事の方向性が違うことに―これまで頭の中を巡った
苦しい、つらい思考など、一つも浮かんではこないということに―
アキラ自身も気付いてはいなかった。
|