白と黒の宴4 46 - 50
(46)
ヒカルに対する怒りや悲しさと、それでも止まらない愛しさがアキラの中で渦巻き、
吹き上がろうとする。そのアキラの反応をさらに煽り立てるように社の愛撫が続く。
「ハ…ア…ッ、ンく…ッ」
社の舌が、指先が、そして体の奥深くのモノがアキラから完全に思考を奪い支配する。
「……一緒に」
それまでシーツを掴むだけだったアキラの手が、初めて社の胴にまわされた。
「…一緒に…お願い…一緒に」
うわ言にように漏らしもう片方の腕が社の首にまわされる。無意識にアキラはそうしていた。
アキラのその言葉に導かれるように、社は体の中心が溶けるような熱さを感じた。
社の逞しい骨格を感じながら、アキラは何年か後の、成人として遥かに自分より厚い胸板と
広い背中、力強い二の腕を持って成長したヒカルに抱かれているような幻想の中に居た。
緒方と社の体が交錯し、そのどちらでもない大きな胸に包み込まれていた。
次の瞬間アキラの内部がそれまで以上にうねって昂り、駆け上がる。
社も我慢し切れず腰の動きを速めてその機を逃さず一気に同時に駆け抜ける。
「ンッ…ッ」
「ううっ…くっ…ッ!!」
互いに声を押さえ、吐息だけで身を打ち震わせて余韻を共有する。
社は腹部に、アキラは体内の奥に熱いものが弾けるのを感じた。
あまりの絶頂感に社は自分の体を支え切れず、アキラの体の上に崩れ落ちた。
互いに触れあった部分から滝のような汗が流れ、シーツはぐっしょりと濡れていた。
社の体の下で、アキラは失神したようにぐったりとして動かなかった。
薄く白い胸が汗の粒を纏い上下に動いていた。よろりと身を起こすと社はその表面にある
鮮紅に尖り経った突起を慈しむようにそっと口に含み、吸った。
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「んっ…」
ビクリとアキラの四肢が反応する。社は名残惜しそうに両方のそれらを愛撫し、
鎖骨から首筋へと流し、最後にアキラの唇にそっと重ねる。
その途中からすでに柔らかな寝息がアキラの唇から漏れていた。
間近でみると両の目の下にうっすらと蒼く隈が出来ている。
「…何でこいつ…こんなに疲れ果てているんやろうな…欲しいものはなんでも
手の中にあるやろうに…」
このままこのベッドに寝かせると体が冷えると思い、社はもう一つのベッドの布団を剥いで
アキラの体を抱きかかえ、そちらに移動した。
選手らは全てツインルームが与えられていた。ゴールデンウィークでもありシングルは
確保出来なかったためだろう。
しだいに高かった体温が治まっていくアキラの体を抱きながら社も眠りにつく。
できればこの時間が長く続いて欲しいと社は願った。
だがそれは短い眠りだった。
暫くして社が目を覚ますと、傍らにアキラはいなかった。
アキラのニットのセーターやスラックスがなくなっている。
彼が部屋を出てどこに行ったのか考えるのは止めた。
アキラが居た場所のもう冷えてしまったシーツをそっと撫でた。
エレベーターの向こうにちょっとしたロビーがある。大きな窓があり部屋とはまた別方向の
景色を広く眺める事ができる。アキラはふらふらとそこに向かっていた。
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社の隣で、アキラは今までになく深く眠りに落ちた。そんなに長い時間ではなかったが、目を
覚ました時熱が抜け落ちるようにアキラの中の嵐はおさまっていた。
おそらくそれは一時的なもので、いつかまた吹き荒れるだろう。だがその時はその時だ。
一生それと向き合っていくしかない。他の誰かを巻き込みながら。
隣で眠っている社の横顔を見ながらぼんやりとそう考えていた。
掘りの深い端正なその横顔が一瞬ある面影と重なって、アキラはそおっと顔を寄せ
唇を触れ合わせかけた。
その時なにかふと気配を感じた。
廊下を誰かが横切っていったような気がして、引き寄せられるようにアキラも起きだし、
服を着て廊下に出た。足音を立てぬように、その相手に気付かれないように進んだ。
そうしてエレベーターの奥のラウンジまで来た。
夜景を見つめて立つヒカルがそこにいた。
アキラは息をひそめ、しばらくの間物陰に隠れるようにしてそのヒカルの後ろ姿を見守った。
白いTシャツにラフなジーパンを着込んだだけのその少年は、それでも空の端が白くなりかけた
都会の街を見下ろす様は深く何かを決意し、今にも左右に長く輝く翼を広げてビルよりも遥か
高くへ、人の世を超えた世界へ飛び立とうとしているようだった。
後ろ姿からでもヒカルの瞳が空の彼方に注がれているのがわかる。
アキラには今の幼いヒカルは仮の姿で、自分よりももうずっと長く碁の世界で息づいて来た
大きな存在に見えた。
「…sai…」
ぽつりとアキラは口の中で小さく呟いた。
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「…佐為…」
ほぼ同時にハッキリとヒカルがそう呟いた。アキラが驚いて息を飲む。
「…絶対勝つよ…お前のためにも」
今にもヒカルに呼び掛けそうになるのを必死で抑え込んでアキラは廊下を引き返した。
落ち着け、と頭を振る。
ヒカルが自分自身に呼び掛けているような印象だった。
自分の中にその半身を宿しているほどにヒカルと意志を重ねあった存在、それがsai。
ヒカルはそのsaiに追い付く為に碁を打っている。
それがアキラが最も怖れていたもう一つの答えだった。
ヒカルと結びついたのは早過ぎたのかもしれない。
肉体的な結びつきで安心感を得ようとしたのが間違いだったのだ。
自分はまだ、ヒカルとsaiの結びつき程にまるでヒカルに届いていない。
だがそれは失意を感じるものではない。
自分が惹かれたのは、遥か高みを目指すヒカルの姿勢だったとよくわかった。
ヒカルと共に、神の一手を担えるほどに成長した先に本当に自分が望むものがきっとある。
今日の高永夏との戦いできっとヒカルは更なる成長を遂げる。
ならば、自分もヒカルを追う。
ヒカルはいつかsaiの事を話すと言った。その時はきっと来る。それを待てばいい。
部屋に戻ると社の姿はなかった。
まだ微かにその温もりが残る毛布の中にアキラは服のまま潜り込んだ。
「…ごめんなさい…」
自分が迷ったために、多くのものを与えてもらいながら、彼等が望んだものは
与えてやれなかった事を詫びてアキラは短い眠りに落ちた。
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「お、今日は3人とも寝坊無しか。感心だな。」
スーツの上着を引っ掛けて倉田がレストランにやって来た時はすでにヒカルも社もアキラも
テーブルについていた。朝、ほぼ同時に3つの部屋のドアが開いて廊下で3人顔を合わせ、
ヒカルが驚いた顔をしたばかりだった。そのまま一緒に下りて来た。
朝食のバイキングで飲み物しかとらなかったアキラの前に社がサンドイッチの皿を置く。
「いいだけ食えばエエで。残ったらオレが片付ける。」
「…ありがとう…」
そんな会話を交わすアキラと社をヒカルはミルクのマグカップを抱えて不思議そうに眺める。
「あのさ…なーんかお前ら妙に気が合っているようだけどさ…」
ヒカルがそう言葉を切り出し、一瞬アキラと社は息を飲んだ。
「…もしかしてオレが負けたらボコにしてやろうとか、相談したりしてねえだろうな」
「はあ?当然やろ。ボコボコにしたるで。」
社が下唇を突き出して睨みながらヒカルの髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「があーっ!やめろよ!」
「…そうだね。蹴りのひとつやふたつは覚悟しておいてもらおうか。」
真顔でのアキラの言葉にヒカルは背筋を凍らせる。なぜか社も一緒にビビる。
そんな2人をよそにアキラは黙々とサンドイッチを頬張る。
「塔矢が言うと冗談に聞こえねえ…」
ヒカルがボヤき、社はアキラが食べ物を口にしているのを見て安心したような表情になった。
「へえ、韓国戦を前にコチコチかと思いきや、結構リラックスしてるな!その調子でいけよ!」
倉田はそんな3人を見て上機嫌だった。
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