誘惑 第三部 46 - 50


(46)
オレのものだ。塔矢。オレの、オレだけの。
きっと独占欲なら、オレだって相当だ。きっとこいつは気がついていないんだろうけど。
オレ以外のヤツがコイツを見るのがイヤなんだ。知らないヤツが擦れ違いざまにおまえを振り返るだけで
イヤなんだ。自分で自分の価値をわかってないこいつが不安で、そんな無防備なこいつを人目
に晒すくらいならいっそこの部屋にずっと閉じ込めておきたいって思うくらい、オレはこいつを独り
占めしたいんだ。
「オレを…みろよ…っ!」
目を閉じて快楽を貪る塔矢の両腕を掴むと、一瞬アイツは動きを止めて薄目を開けるけど、突き
上げるオレの衝撃に耐え切れずにまた頭を仰け反らすから、オレの目にはアイツの白い喉しか
見えなくなる。髪を掴んでこっちを向けさせると、小さな悲鳴を上げてオレを見たアイツは、オレの
目を見て薄く笑った。
貪欲な瞳がオレを煽る。淫らな笑みを貼り付け、オレの腰に脚を絡ませたまま、もっともっとよがら
せろとオレを強請る。
こいつはいっつもそうなんだ。
オレの嫉妬も、独占欲も、オレのつまんない焦りとかプライドとか、そんなものをこいつは全部全部
飲み込んで、それをみんな自分の熱の燃料にしちまう。
悔しいよ。
いっつもオレばっかり追いかけて、焦って、不安になって。そんなオレのイヤな気持ちを、そんなに
美味そうに飲み干すなよ。どんなに乱暴にしても、いたぶってみても、逆に優しくしても、焦らしても、
何したって嬉しそうにしやがって。
畜生。
塔矢の馬鹿野郎。
そんなにブラックホールみたいになんでもかんでも飲み込むんじゃねぇよ。
たまには負けて降参したっていいじゃないか。
畜生。そうやって身体ごと打ちつけるオレに応えるように、あいつの声が上がる。その声に煽られて
オレは更に激しく動く。一際高い声をたててオレを締め付けようとするあいつにタイミングを合わせて、
オレはあいつの奥にオレをぶちまけてやった。


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軽く脱力してると、アイツがオレの手をとって、甲にそっとキスされた。
「塔矢…?」
名前を呼ぶとアイツは上目遣いにちらりとオレを見上げ、そのまま舌先で触れ、唇を滑らせた。
それから指の根元を舐め、唇で食み、甘噛みする。思わず目を瞑って、オレはアキラの与える
もどかしい刺激に耐えた。
「と…や、…もう……」
耐え切れずに目を開けると、それを知っていたかのように覗き込むアイツの目は濡れて黒く妖し
く光っていた。恐ろしくて、けれど目をそらせない。そしてオレを見たまま、ペロリとまた舌を動か
す。その感触にオレが身じろぎすると、アイツの目がふっと細くなる。アイツは満足げにゆっくり
と笑うと視線をオレの手に落とし、丹念に、美味そうにオレの手を、指を舐め、しゃぶり続ける。鋭
い痛みを感じてオレは思わず小さく悲鳴を上げた。アイツの尖った犬歯がふやけた皮膚を食い
破ったんだろう。
咄嗟に手を引いてしまって、オレの手は塔矢から開放される。と、塔矢が顔を上げて、すごい目
付きでギロリとオレを睨んだ。が、オレを見ると、にっと笑って舌先で自分の唇を舐めた。
こんな塔矢を誰が知っているだろう。欲望を隠しもしない獣じみた眼。鮮血の滴る新鮮な肉を前
にしたみたいに唇を舐める紅い舌。心臓が縮こまりそうな程強烈な視線に晒されてオレが動けず
にいると、今度は一気に体勢を入れ替えられた。
ちらちら揺れる炎を奥に隠した黒い瞳がオレを見下ろしている。
獰猛で飢えた獣のような瞳の色にざわりと背筋が震えた。
恐怖とも恍惚ともわからぬ震えにわななく獲物の、怯える様さえ楽しむように、じんわりと肩を抑
えつけて見下ろしていたかと思うと、急に肩に文字通り齧りつかれて、鋭い痛みに思わず悲鳴を
あげた。そこをぴちゃぴちゃと音をたてて舐め続けながら、アイツの手がオレの胸元を摘み上げ
る。そしてもう片方の手は知らないうちに下半身に降りてきて、勢いを取り戻しかけているオレを
乱暴に弄る。


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痛いんだか気持ちいいんだか、ぐちゃぐちゃになって、もう何が何だか訳がわかんない。
死んでしまいそうだ。本気で喰い尽くされてしまいそうだ。
いっそ食べられてしまいたい。そうしたら一つになれるかな。オレはおまえの爪と牙に引き裂かれ
て、喰われて、骨の髄までしゃぶり尽くされて、おまえの胃の中で消化されて、オレはおまえの血
肉になり、おまえと一つになっておまえの中を駆け巡る。

甘美な夢に浸りかけていたヒカルは突然はっと目を見開く。

駄目だ。そんなのはイヤだ。
オレはオレで、おまえはおまえで、同じ人間じゃないから、だからおまえが欲しいんだ。
おまえだってそうだろう?
大人しく喰われてるだけのオレじゃねぇ。馬鹿にすんな。おまえを喰っちまいたいのはオレの方だ。

そう思ってヒカルは目の前の肉に齧りついた。
思わぬ刺激にアキラが一瞬、小さく声にならない悲鳴を上げる。
そして、自分を傷付けた相手を見る。
驚きは瞬間、歓喜に変わる。
それでこそ。
それでこそ、ボクの望んだキミだ。
言葉が無くても、彼の眼がそう叫んでいるのがわかる。こらえきれぬ喜びに無意識にその紅い唇
が釣り上がる。
飢えた獣は、応戦しようと顔を上げたもう一頭の獣の顎を捉え、唇に噛り付き、更に強引に舌をね
じ込ませると、鉄錆の味が互いの口内に広がった。


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だが応戦も虚しく、ほとんど弄られるだけ弄られ続けた。
「ああっ、塔矢、塔矢、オレ、もう、」
耐え切れずに弱音を吐いてしまうと、くっと顎を掴まれた。
むりやり顔を上げさせられてアイツを見上げると、アイツときたら、これくらいで音を上げるのか
と、挑発するように嘲っている。
畜生。このサド野郎。
誰が、音を上げたりするもんか。
そう思って、あいつの目を睨み上げた。
けど、それが最後の抵抗だった。
オレの睨みつける目に笑った塔矢が少しだけ手を緩めたように感じたのが間違いで、次の瞬間、
激しく動かれた。
耐え切れずに一人で先にイっちまったオレを、あいつの手が支える。
もう名前を呼ぶ気力さえ残っていなかった。
かろうじてまだ動かせる腕をあいつの首に絡めてキスをねだると、それでもオレの中で勢いを失っ
ていないあいつが、オレに優しいキスを送りながら、またオレの中で動き出す。それは猛々しくオ
レを突き動かすくせに、あいつの唇は柔らかくて優しくて、下半身の感覚がもう麻痺してしまいそ
うなオレの上半身は、その優しさに溶けてしまいそうだった。
「……と…や…」
やっとの思いであいつの名前を絞り出すと、オレのほっぺたの上で、あいつの唇がオレの名前を
呼ぶように動いて、あいつの熱い息がオレの顔にかかる。それだけでもう、頭の芯まで痺れてしま
いそうだ。
あいつの唇が優しいなんて思いっきりオレの勘違いなんだ。違うんだ。焦らして、弄って、オレを泣
かして喜んでるだけなんだ。そうだろう?優しいなんて勘違いして、嬉しいなんて思っちゃいけない。
アイツはそんなに優しくなんかねぇ。違うんだ。だけど。


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「…ん……あ、……あぁ…」
これ以上ヒカルを傷つけないようにと自分自身を制御しているアキラを感じて、ヒカルの目から涙
が零れ落ちる。優しい唇がその涙を受け止める。
ああ、とヒカルは心の中で言葉にならない言葉を紡ぐ。ああ、塔矢、と彼の名を呼びながら、意識
の全てが真っ白に消えてしまいそうな充足感と幸福感に全身が満たされ、残された最後の力で
アキラを抱きしめる。それに応えるように、ヒカルを抱く腕の力がきゅっと強くなる。
「んんっ…!」
「んっ、しん、どうっ…!」
「…ぅや…っ…」
抱きしめる強い腕の力と、断続的に打ちつけられるアキラを感じて、ヒカルは断末魔のように身体
を震わせ、しがみついていた全てを手放した。

そしてもう抱きつく力さえ残されていないヒカルの身体を、アキラは静かにそっと横たえた。
耳元で声にならない声で囁く。
「好きだよ、進藤…」
その声が届いたのか、ヒカルは目を閉じたまま微かに微笑む。
乱れた髪を優しく梳きながら、目元に口付け、やっと聞き取れるくらいの微かな声でそうっと囁いた。
「……愛してる…」
ほとんど意識を失いかけていたヒカルに、その言葉は最初はただの音のカケラとしてしか届かなかっ
たけれど、それがとても大事なもののように思えて、ヒカルは薄れていく意識の中で必死にその言葉
を捕まえようとした。

―今、なんて、言った…?なんて?………

「…愛してる、ヒカル、」
もう一度、落とされた言葉を、ヒカルはやっと掴まえる。けれどその時にはもう遅すぎて、ヒカルはそ
の言葉を必死に追いながら、眠りに落ちて言った。

………ダメだ…眠っちゃ、ダメ………だって…オレだって……オレだって、言いたい………
……アイシテル、って……愛してる、アキラ、…って………言うから…………だから……………



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