平安幻想異聞録-異聞- 46 - 50
(46)
胸の突起をやさしくねぶり、転がしながら、もう片方の手の方は、
ヒカルの手を取り、その手のひらの傷を舐め、指を爪の先まで
愛撫することも忘れない。
「も、……やだ…佐為っ…………お願い……っ」
ふたつの場所を同時に触れられて、それだけで、ヒカルは息も絶え絶えといった
ありさまだった。
全身をめぐる、もどかしいような熱に耐えきれず、半身を佐為の胸に
もたれかけさせる。
完全に息の上がってしまっているヒカルを、佐為はささえて、
その体を横の柱に寄りかからせ、自分は立ち上がってしまった。
「なんで……佐為…」
「少し、待っていらっしゃい」
震える声でヒカルが問い掛けるのに佐為は答えて、部屋の反対側の隅に行く。
そしてそこに並べてよせてあった几帳を動かして、外から二人のいることが
わからないように仕切りを作ってしまった。
「さすがに、大人でもね、こういうことを見つかった時のいいわけは
思いつきませんから」
そう言いながら戻ってくると、くったりと柱に体をあずけたまま、
熱い吐息をもらしているヒカルをふたたび抱きしめた。
「これなら、ヒカルがあまり高い声でも出さない限り大丈夫ですよ」
「……自信ないかも」
ヒカルが、恥ずかしげに小さく答えた。
それでも、そういいながら佐為の首に力の入らないままの手を回す。
そして、佐為の赤い小さな飾りのついた耳を甘えるように噛んだ。
それに佐為がピクリと反応したのが、妙に嬉しかった。
夕方、日も落ちきらない時間から、しかもこんな場所で睦みあう事それ自体が、
二人に奇妙な高揚感をあたえていた。
ヒカルは、普段はきっちりと着込んでいる狩衣をしどけなく乱し、
指貫の腰帯もほどいて、佐為の上に馬乗りになり、自ら腰を動かしていた。
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「う……フッ……あん……」
ともすれば、体に走る快感のためにくずれそうになるヒカルの体を、
佐為が腕で支える。
彼の方の着衣は狩衣はほとんど乱れもなく、指貫の腰帯を解いたくらいの
ものであった。
「あ、あぁ、……あ…あ……」
うつむいて淫欲にふけるヒカルの額に光る汗の粒を、
佐為が片手の伸ばしてぬぐう。
そのまま佐為は、息を乱れさせるヒカルをなぐさめるように、
その手のひらで、ヒカルの頬をつつんだ。火照った体に、その佐為の
しっとりと冷めた手の平が気持ち良くて、
ヒカルはそれに頬をすりよせる。
「ヒカル……きれいですね」
「な…に、言って……ぁん……っ」
佐為もヒカルに合わせてわずかに腰を動かすと、その声はますます
甘いものになり、やがてヒカルの方が根をあげた。
自分の下で息を乱す佐為の胸の上に、ヒカルの上半身が震えながら崩れ落ちる。
「ごめ……佐為っ、もうだめっ……は…限界…」
限界なのは佐為も同じようなものだった。
衣擦れの音をさせながら、すばやくその体を入れ替え、ヒカルを
自分の下に組み敷いてしまう。
「大丈夫ですよ、ヒカル。ありがとう」
そうささやいて、佐為は、熱くなったヒカルの中を、
今度は自分の思う通りに行き来する。
「あ……あ……あ…」
それでも、必死に上がる声を押さえようとしている風のヒカルだったが、
飲み込みきれない嬌声が、口の端から漏れて出る。
佐為は、単調にヒカルの一番弱いところばかりを責めるだけでなく、
まわりの壁や、時には思わぬところを突いてくる。ヒカルはその度に、
顎を反らし、押さえきれない細い啼き声をあげる。
「あぁ、あ、あ、……はぁんっ、ぁ!」
自分の中の佐為が、ひときわ膨らみ壁を圧迫するのを感じて、
ヒカルは終わりが近づいたのを知った。
佐為のモノがひときわ奥まで入り込み、大きな動きで、ヒカルを快楽に酔わせる。
「あ、あぁぁ、あ、あぁ、あぁ、あぁぁぁっっ…!」
ヒカルの体を大きな波が駆け抜けた。同時に、ヒカルの中の壁に
熱く濡れたものが打ち付けられる。
ヒカルは、自分の中が暖かいもので満たされるのを、陶然と感じていた。
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快楽の余韻を楽しみながら、佐為はそっと耳をすました。
かわった物音も、足音もしない。どうやら気付かれなかったようだ。
佐為は、常と替わらぬ優雅なしぐさで、ヒカルから身を放し、
自分の着衣を整える。
続いて、ヒカルの吐きだしたものを綺麗に懐紙でふきとり、
その着衣もきちんと直してやった。
「暑いー」
乱れた狩衣の襟元まできっちり正されて、まだ夢心地のまま、
ヒカルが文句を言った。
「だからって、そのままでは風邪をひきますよ。――立てますか?」
「無理。絶対だめ」
情事の余韻にかすれた声で即答するヒカルがなんだか可愛い。
「じゃあ、少し休んでから帰りましょうね」
佐為は、そう言って、静かに立ち上ると几帳の位置を少しずらして、
外の空気が入るようにした。
涼やかな、初秋の夕風がそよそよと吹き入ってくる。
その風に乱れた髪を整えながら佐為が言った。
「ヒカル、先ほどの話しですけど…」
「ん?」
力なく横たわったままのヒカルの傍らに座り、語りかける。
「本当ですから」
そう言って笑う佐為に、意味がわからないヒカルが不思議そうな顔をする。
(きっと、この検非違使の少年は気付きもしていないのだろう)
――かたわらの自分の存在が、どれほど佐為を支えてくれているか。
囲碁を打つこと以外、特に人付き合いに関しては不器用と言ってもいいほどの自分が、
このドロドロとした人間の怨嗟うずまく宮廷の中に、帝の囲碁指南役という
ねたみそねみを一身に受けるような大任を背負いつつ、
それでも、しっかりと立っていられるのは何故なのか。
「私は、今この時にも、充分ヒカルに守ってもらっていますから」
事件が起きたのは、その夜の事だった。
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結局、ヒカルが近衛の家に帰り着いたのは、日も落ちてすっかり暗くなってからだった。
足腰がなんだかふわふわして、おぼつかないのを、佐為が支えて送り届けてくれた。
そんなヒカルを見てとって、ヒカルの祖父が
「なんじゃ、警護役のくせに、その当の佐為殿にこのように手間をかけさせるとは…」
と、小言をいう。ヒカルがそんな出仕先でそんな状態になってしまったのが、
自分にも責任あることと自覚はしている佐為が、困った顔をして祖父をいさめた。
「佐為殿は、公家の出身にしては、実を知るよく出来た方じゃ。我が家の
いたらない主を送り届けてくれた礼に、今夜は秘蔵の酒を出しましょう」
その佐為を、祖父は気に入ったのか、酒を勧め、なんだかんだと言いながら、
結局佐為は近衛の家に泊まることになってしまった。
「ごめん。今日は自分のうちで寝たかったんじゃない?」
夜も更け、自分の布団と並んで整えられた、佐為の布団を眺めながらヒカルが言う。
「いえ、おいしいお酒をいただきました。楽しかったですよ」
言いながら、佐為は床に入る。ヒカルもそれにならった。
「ヒカルの祖父殿も碁を嗜まれるそうですね」
「あー、でも、下手の横好き」
「今度、指導碁をと、頼まれました」
「しょうがねぇなぁ。佐為の負担にならない程度に適当に相手してやってよ」
「ヒカルの祖父殿とあっては、適当にというわけにはいきませんよ。懇切丁寧に
指導させていいただきます」
「悪いな」
「いいえ」
静かに佐為が目を閉じるのを見て、ヒカルも目を閉じた。
昼間の疲れも手伝って、ヒカルが深い眠りに入るのに、いくらも時間はかからなかった。
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眠りの沼の深遠にいたヒカルの意識を呼び戻したのは、床板がきしむ小さな音だった。
ヒカルは闇に寝ぼけまなこの目を凝らす。
部屋の中の空気が完全に止まっている。それは重くのしかかるような、
奇妙な息苦しさだった。
少し暗闇に慣れた目で、となりに寝ているはずの佐為の気配をさぐる。
ミシリと、また床板が鳴った。その音は案外近くて、ヒカルはその音源を探した。
ヒカルの枕元近くの板がわずかにたわんだ。何だろう、と、ぼんやり見つめるヒカルの
目の前で、その床板と床板の隙間から身をよじるようにして入り込んできたのは、
アサガオの芽のような、螺旋状を描く蔓だった。
(タケノコが床板破るってのは聞いた事があるけど、アサガオってのはどうなんだろう)
と、ヒカルが覚めきっていない頭で馬鹿なことを考えている間に、
それは2本、3本と殖え、徐々に太さを増していく。その先端は闇の中を手探り、
尺取り虫のように床を這いながら、ヒカルの方に近寄ってきた。
(なんだよ、これ!)
ようやっと事の異常性を知覚して、飛び起きたヒカルだったが、その足には
すでに、蔓が2本,巻き付いており、立ち上ろうとしてバランスを崩したヒカルは、
布団の上に転がった。
(妖し?)
その蔓は、まるで練ったうどん粉のような弾力を持ち、やけにひんやりとした
死人の肌の温度。
――気持ち悪い……。
振りほどこうとして足に遣った手は、それに届く前にまた別の蔓にからめとられた。
手首を取った細い蔓が、数本絡み合いながら、ひじ、二の腕と這い上がり、
ヒカルの肩にまで登る。
まるで何かをさがしているようだ。
その先端が、まるで蛭のように、口をぱくぱくさせているのを見て、
ヒカルの背にゾッと悪寒が走った。
「……佐為……」
それは、ヒカルの肩からさらに探索を進め、首へと吸い付く。
「佐為ーーーっっ!!」
佐為が飛び起きた。
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