光明の章 46 - 50
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和谷は出版部に代理の件を伝えてきた旨を報告しに事業部へ戻った。そこで、
塔矢アキラが父親と共に韓国へ行く話を小耳に挟んだ。
出発日が連休の始めになりそうだと聞き、和谷は同じ日に違う場所へと向かう
ヒカルの事を案じる。
──進藤はこの事知ってんのかな…。
我ながらおかしな心配をしていると、和谷は苦笑する。それでもヒカルに教え
てやるべきかどうか、下りのエレベーターを待ちながら考えていると、聞きな
れない声にいきなり呼び止められた。
「和谷君」
振り向くと、何故か塔矢アキラが立っていた。
「……塔矢…一体何の用だよ?」
「キミに、聞きたいことがあって」
招かれざる客の出現に、和谷の眉間にどうしても隠せないしわが寄る。自分が
嫌われているなどと露ほども思っていないアキラは、菩薩のような愛想よさで
単刀直入に和谷に訪ねた。
「進藤、元気かな」
息を切らし、髪を少し乱して駆けつけて来たアキラの様子に面食らいつつも、
アキラがヒカルの名前を口にしたのが面白くない和谷は、事実を少々歪めて伝
えてしまう。
「元気だよ。もうバカがつくほど元気。全然変わりねーよ!」
本当はその逆だ。アキラと話さなくなってからのヒカルの落ち込みは並大抵の
ものではなかった。その頃のアキラは予選三昧で忙しかったので、仲違いの原
因はお互いのすれ違いにあるのではなかろうかとワイドショーのような推理を
したこともあった。本当の原因がアキラにあるのか、それとも他に存在してい
るのかは当事者以外誰にもわからない。ただ、こうしてアキラがヒカルを気に
しているところを見ると、やはりアキラが全くの無関係ではないのだと知る。
「気になるんなら、進藤に直接聞けよ。お前ら、自他ともに認めるライバルな
んだろう」
「…そうだね、キミの言うとおりだ」
苛立つ和谷の強い口調に動じることなく、アキラは「引き止めて悪かった」と
薄く笑ってそのまま編集部へと引き返していった。
「なんだよ、アイツ。変なヤツ」
瞬間吹いたつむじ風のようなアキラの行動に、和谷はいまだに戸惑いを隠しき
れない。それ以上に気になったのが、アキラの覇気の無さだ。この前まで触れ
れば切れそうなオーラを発していたというのに、人が変わったような先ほどの
穏やかさは一体何だというのだろう。
嫌な胸騒ぎを覚えつつ、手合いを明日に控えている和谷は、他人の心配してる
場合じゃないやと頭を切り替えて、エレベーターで一階へと下っていった。
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「今日で最後とは残念だな」
越智の祖父がヒカルを前に、心底残念そうな声を漏らした。
「進藤はこれでも人気者なんだよ。毎週無理言って来て貰ってたのに、いつま
でもおじいちゃんが独り占めしてたら、他の人たちにも迷惑だよ」
「それもそうだな。進藤君、長い事申し訳なかった」
孫の意見にもっともだと頷き、越智の祖父が碁盤を前に頭を下げた。指導碁を
終え、碁石を片付けていたヒカルは顔を赤くして必死に手を振った。
「いいえ、オレの方こそお世話になってばっかりで…今までありがとうござい
ました」
越智の家にヒカルが指導碁を打ちに来るようになっておよそ二ヶ月が経過した。
最初は一回限りの話だった。しかしヒカルが越智の祖父に気に入られたことも
あり、毎週土曜日に越智邸を訪れ、そのまま泊まって日曜に帰るというパター
ンが表向きにはごく自然に定着していったのだが、実際は巧妙に仕組まれた罠
から始まった裏取引の結果である事を、ヒカルは二ヶ月の間イヤというほど思
い知らされた。その悪夢も、やっと今日で終わる。
「ボク、もう二階に行くよ。おやすみ、おじいちゃん」
越智は祖父にそう挨拶し、さっさと応接室を出て行った。越智の祖父も、悪い
が先に失礼させてもらうよ、とヒカルを残して退室した。
飲み物のグラスを片付けに来た熟年の家政婦が、進藤さんも早くお休みくださ
いね、とヒカルに労いの言葉をかける。
ヒカルは碁笥を両手で掴んだまま、なかなか立ち上がろうとしない。
「どこか具合でも悪いのですか?」
一度この家で倒れているヒカルを知る家政婦が、心配そうにヒカルの様子を窺
う。善良なこの家政婦は、あの時ヒカルが倒れた本当の理由を知らない。
「大丈夫です。…おやすみなさい」
覚悟を決めて二階に上がり、越智の部屋の前に立つ。ノックしようと構えると、
「開いてるから入りなよ」
と越智が入室を促した。ヒカルは無言でドアを開ける。
部屋の中では越智が、豪華な椅子に座って何やら説明書のようなものを熱心に
読んでいた。所在なげに立ち尽くすヒカルに、越智は説明書から一瞬だけ目を
離して言った。
「シャワーでも浴びてきたら?」
「家でフロ入って来た」
「…ボクも今忙しいんだけどな」
ヒカルは越智の手から説明書を取り上げると、椅子に座っている越智の上にの
しかかり、艶のある声で訴えた。
「オレ、早く終わらせたい」
越智はヒカルの手から説明書を取り返すと、失敗したら進藤のせいだからな、
とぼやき、机の上に冊子を放り投げた。
ヒカルは越智の眼鏡を外すと、観念したように自分から口付けていく。
「…進藤、電気点けっぱなし」
事を急くヒカルに呆れた越智が言葉を続けようとするその口を、ヒカルは半ば
強引に自分の口で塞いだ。
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カタチの良いヒカルの唇が、内部に生まれた熱を分け与えるかのように越智の
薄い唇をゆっくりと食んでいく。懸命なヒカルの奉仕に何を思ったのか、越智
はただ黙ってヒカルの好きなようにさせている。子供二人なら並んで楽に座れ
るゆったりしたサイズの椅子の上に、ヒカルは完全に体を乗り上げ、無我夢中
で越智の唇を吸う。数分間キスの雨を降らせた後、いつもならもうそろそろな
のにとヒカルは越智の無反応さを訝しく思い、一度唇を離した。
「どうしたんだよ…お前、おかしいぞ」
「…おかしいのは進藤の方だよ。なんで今日はそんなに積極的なんだろ」
まるでボクが襲われてるみたいだ、と淡々とした口調で言われ、ヒカルは頬を
赤らめ、一方的な行為を恥じた。
前から自覚していた事なのだが、越智の部屋の中では、ヒカルは少し大胆に振
舞えるようになっていた。他に誰もいない空間で、同じ相手と同じように二ヶ
月間抱き合えば、自然と身に付くものがある。それに、抵抗して痛い思いをす
るより、甘んじて耐え、全てを受けとめた方がはるかに利口な選択だと、ヒカ
ルは身体で覚えた。だが、感情の伴わない快楽を慣れと呼んで割り切れる程、
ヒカルは大人ではない。ただ自分の中にも、自制心では抑えられない欲望に忠
実な生き物が当たり前のように棲んでいる事実を、越智に教わっただけなのだ。
「………」
ヒカルは椅子に座っている越智の太股を跨いでその上に座り、恥ずかしそうに
俯いてなかなか顔を上げようとはしなかった。先程の襲撃とは打って変わった
ヒカルのしおらしさに、越智は忍び笑いを禁じ得ない。
──こういうところが可愛いんだよな、進藤は。
越智はヒカルの体が椅子から落ちないように、両手でその細腰をしっかりと固
定した。そして自分の方へと少し抱き寄せると、優しい声でヒカルを誘う。
「ボクが悪かったよ。だから、もう一回してくれる?」
ヒカルは頷き、両手で椅子の背もたれを掴むと、屈むような姿勢で越智の顔に
唇を落とした。覆い被さってくるヒカルの体を、越智は重心を少しずらし、余
裕を持って支えた。
ヒカルの唇が施す柔らかい感触はそれだけでも十分に越智をそそるが、越智は
あえて、先を急ぐヒカルを焦らす様に丹念に行為に応じた。
ヒカルの舌が越智の歯列を割り入り、口内を探る。越智の舌を絡め獲ろうとす
るその執拗な動きに、越智は思わず目をすがめ、くぐもった声を上げた。
越智にとって、ヒカルはキスもセックスも初めての相手だ。
関係を結んだ当初から主導権は越智が握っていたが、実際の行為はヒカルに委
ねる事の方が多かった。とはいえ最初は目的が違ったセックスを強いていたの
で、ヒカルもなかなか越智の思うように動いてはくれなかった。ヒカルが四肢
の強張りを解いたのは、こんな風にまともに抱き合うようになってからの事だ。
「ん、」
肩をピクッと波打たせ、ヒカルが唇を離す。そのまま体を浮かせようとするが、
越智に腰を掴まれているので身動きが取れない。
「越智、離…」
越智はヒカルの要求を無視し、今度は自分からヒカルを引き込むようなキスを
した。ヒカルの頬がさらに上気する。
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越智は右手をヒカルのシャツの中に滑り込ませ、その肌を直に摩った。背中を
撫でる冷たい感触に、ヒカルの口から小さい悲鳴が漏れる。そこから溢れ出る
唾液すら、越智はいとおしそうに丁寧に舐めとった。
背中に回した手を前へと移動させ、ヒカルの敏感な箇所をゆっくりと愛撫する。
弱い部分への強い刺激に、ヒカルが腰を浮かせて嫌だ嫌だ、と身を捩る。
「嫌?嘘ばっかり……一番好きだよね、ここ」
意地の悪い言葉にヒカルは違うと首を横に振るが、胸元の突起はどうしても正
直な反応を返してしまう。固く立ち上がった片方を越智がやんわりと摘むと、
ヒカルの口から官能的な喘ぎ声が漏れ始める。
「あっ…」
甘く掠れた声が少しずつ、けれど確かに部屋の空気を淫らな質へと変えていく。
越智はヒカルのシャツを捲り上げ、放って置かれたもう片方の突起を口に含み、
飴玉のように舌で転がした。越智は同時に右の手のひらで反対の乳首を何度も
こする。その愛撫によって充分に膨らんだ蕾が紅く染まり、花開く時を待つか
のようにびくびくと震えている。
焚き付けられた官能の火が、ヒカルの体内をじわじわと侵蝕し、奥底に隠れて
いた最後の縛めを焼き千切った。
「やっ…アアッ!」
カラダの中が熱い。熱くて熱くてどうしようもない。その火照りは肌を通して
越智にも伝染する。
「…進藤…アツクなってる…」
越智は顔をあげ、熱に浮かされ後ろに倒れそうになるヒカルの背を抱く。
「ちゃんとしっかり掴まないと落ちちゃうよ」
言われてヒカルは椅子の背を掴もうとするが、手に力が入らずなかなか上手く
いかない。手のひらにも額にもうっすらと汗をかき、漂う快感を分散させよう
と、息遣いも自然と早くなる。
肩で息をしながら切なげに自分の唇を舐めるヒカル。
艶めかしく動くそのピンク色の舌に無条件に煽られた越智は、有無を言わせぬ
力強さで、ヒカルの腰のベルトを緩め始める。
「…なっ、こんなところでヤメ…ロ」
慌てて越智の動きを阻止しようとするヒカルに、越智はこうすることは自分の
当然の権利だと警告した。
「こんなところでって言われても、見境なく誘ってきたのは進藤だろ。ちゃん
とそれ相応の責任は取ってもらうよ。…第一、契約期限は今日までだしね」
唇を噛み項垂れるヒカルに、越智は殊更朗らかな声で非道な確認をする。
「今日までは、ボクのものなんだよ…進藤」
もう、越智を邪魔するものはこの部屋の中には存在しない。
越智は躊躇うことなくヒカルのベルトを外し、尻の辺りまで下着ごとズボンを
引き下げた。ヒカルは恥ずかしい所作にア、と声を上げ、越智を跨いで開いて
いた両膝を閉じると、越智の太股の上にぺたんと座り込んだ。室内灯の下に晒
された己自身を手で隠そうとするが、かえって所有者の手に強く握り込まれ、
空しい抵抗だと思い知らされた。
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越智はしばらく、勃ち上がったヒカルのものを強弱をつけて撫で摩っていたが、
ふとあることに気付き、その手を離した。
「これじゃ……意味ないんだった」
そう言うとヒカルの腰を掴み、ほんの少し身体を持ち上げる動作をした。
「んッ、ふぅ…」
全身が性感帯と化したヒカルは、何処を触られても敏感に反応してしまうらし
く、掴まれた腰をびくりと引き攣らせると同時に、固くなった半身をふるふる
と左右に揺らした。
越智は、浮いたヒカルの身体の下をするりと抜け出ると、椅子の上にヒカルだ
けを座らせて、邪魔なズボンを下着と一緒に剥ぎ取った。
無理矢理顕わにされた下半身、そして長くて細い足に白い靴下だけというスタ
イルは、どこか倒錯的で全裸よりも艶めかしい。中途半端な羞恥に耐えかね、
自らシャツを脱ごうとするヒカルの手を、越智は声だけで制した。
「上は脱がなくてもいいよ。そのままの方が眺めがいいし。…じゃあさ、足を
椅子の上に乗せてみて」
言われたとおり、ヒカルは椅子の上に両足を乗せ、膝を立てた。恥ずかしさの
あまり真っ赤になって目を閉じるヒカルをよそに、越智はぴったりと閉じられ
た膝頭に手を置き、強引に左右に割り開くと、反り返り熱を孕んだままのヒカ
ルの欲望に口を付けた。そして先端から滲み出ていた先走りの白露を舐め取り、
舌先で執拗に突付く。
「やああッ……ああッ…」
むず痒さと鋭い刺激に何度も身を捩じらせ、ヒカルはなんとか越智から逃れよ
うと試みるが、休みなく与えられる快感の波にすぐさま引き戻されてしまう。
先を噛む様にきつく吸われると、ガクガクと内股が痙攣し、腰が砕けそうにな
る。越智はヒカルの反応を確かめつつ、口の中で容量を増した竿をさらに根元
から上まで丹念に舐った。屹立した竿だけでなく、袋の裏側までじっくりと、
余すところなく舐め上げる。越智の唾液に汚され、ヌラヌラと光るヒカルの分
身が、びくん、と不規則な動きを繰り返すようになると、越智は空いた片手で
竿を扱き、もう片方の手で乱暴に袋を揉みしだいた。
強烈な痺れと終わりのない快感に、ヒカルはすでに半泣き状態だ。
「──もう出る!出ちゃう……よぅ…」
「出していいよ……今更…恥ずかしがる事でもないと思うけどな」
越智は小さく笑った後、ヒクつきはちきれそうな先端を咥え、熱の放出を促す
ように軽く吸い上げた。
「…うッ」
瞬間、ヒカルの体が大きく仰け反る。
ドクドクと堰を切って溢れ出した精液を、越智はそのまま口で受け止めた。
一滴も残さず吸い上げた越智の咽喉が、卑猥に上下する。
ヒカルは射精後の脱力感と倦怠感から、すぐに動こうとはしなかった。
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