交際 46 - 50


(46)
 ヒカルと全く同じ言葉をアキラに残して、社は背中を向けた。忌々しいことだ。社の言葉は
ナイフのように、アキラの心を引き裂いた。信じられない。
「…………進藤が社と…」
 自分がどれほど大切にしていたか、ヒカルには伝わっていなかったのか?こんなに
簡単に裏切られるなんて思ってもいなかった。いや、社が本当のことを言っているとはかぎらない。
社が腕力に物を言わせたのかもしれない。あれだけ体格に差があるのだ。ヒカルなんて
簡単に押さえ込まれてしまう。
 アキラは、どうしても、ヒカルの意志で抱かれたなんて思いたくなかった。
 どっちにしろ、ヒカルと社を同じ部屋で眠らせた自分がいけなかったのだ。ヒカルが
欲しくて堪らなかったくせにやせ我慢して…結果がこれだ。
 それに、社の言葉も気になる。
「進藤が来た?」
夕べもヒカルのことが気になって、なかなか寝付けなかった。かなり長い間、布団の中で
何度も寝返りを打っては、眠ろうと努力していた。漸くウトウトしかけたとき、襖の向こうに
人の気配を感じた。
 重い身体を無理矢理起こして、襖を開けたが、そこには誰も居なかった。おかしいなと首を
傾げつつ、再び布団に入った。そこから後の記憶は曖昧だ。たぶん、そのまま眠ってしまったのだろう。

 大きく息を吐いた。ヒカルがアキラの元に来たのが、社に抱かれる前か後かはわからないが
それに気づかなかった時点で自分はヒカルを拒絶したことになるのだろうか?
 ヒカルの過ちを簡単に許すことはできないが、それ以上に彼を失うことの方が怖い。
ヒカルもきっと後悔している。アキラに知られるのを恐れているから、あんな風に畏縮しているのだ。
少し叱って、それから許してあげよう。彼は子供だから、深い意味など考えずに行動して
しまったに違いない。
冷たい水で顔を洗って、気持ちを静めた。寝不足気味の頭がすっと醒めるような気がした。
水とともに、心の中でつかえているものも流れていく。けれど、頭の片隅ではほんの少しだが、
まだ蟠るものが残っていて、アキラの気持ちは晴れ晴れというわけにはいかなかった。


(47)
 三人で囲む食卓は最悪だった。アキラと社―――――睨み合う二人の間に挟まれて、
ヒカルはいたたまれなかった。こうなった原因は自分にある。きっと、アキラはもう知っているのだろう。
ヒカルが社とセックスをしてしまったことを………。
 社は自分を本気で好きだと言っていた。それを聞いた瞬間、ヒカルは社と寝たことを心底
後悔した。自分はアキラが好きなのだ。それなのに、社と関係してしまった。それは、
彼の気持ちを弄んだことになるのではないだろうか。
 結果、ヒカルは傷つき、アキラも社も傷ついた。北斗杯に向けて三人のチームワークは
バラバラ。志気も体調も最低だ。これは全部自分が招いたことなのだ。情けなくて涙が出そうだ。
 ヒカルは、二人に話しかけようと何度か口を開きかけたが、喉の奥に何かが詰まったような
感じがして声が出なかった。閉じたり開いたりしてパクパクしている口の中に、かわりに
パンを押し込んだ。乾いたパンの感触が舌に張り付き、ますます、話しづらくなった。味なんて
まるでわからない。

 「進藤、レセプションの前に一度帰るんだろ?何時に出るの?」
重い空気に背中を丸めて、パンを囓るヒカルにアキラが話しかけた。不意に話しかけられて、
ヒカルは面食らってしまった。ビックリしてアキラの顔をマジマジと見つめる。
 アキラの声は優しい。口元には笑みさえ浮かべていた。
「え………と………ひ、昼前ぐらい………」
ヒカルはモゴモゴと口ごもった。
『塔矢………怒ってネエのかな………?』
ヒカルは複雑な気持ちだった。さっきまで、アキラが怖くて仕方がなかったのに、こんな風に、
笑顔を向けられると逆にどうしていいのかわからなくなる。アキラが怒らないのは、自分のことは
もう、どうでもいいと思っているのではないだろうかと、変なことを考えてしまう。
『オレって、勝手だな………』
ヒカルは俯いて、またパンを口の中にせっせと押し込んだ。


(48)
 朝食を済ませ、座卓の上を片していると、社が横に同じように屈んで卓の上を拭き始めた。
ヒカルは何を話していいのかわからず、ただ、俯いてひたすら作業を続けた。と、いっても、
そんなに散らかっているわけでもない。今はただ、右のものを左に置いたり、ゴミを出したり
入れたり、気まずい空気を誤魔化すために手を動かしているだけにすぎなかった。

 「進藤。」
出し抜けに名前を呼ばれて、手に持っていた食器を座卓の上に滑り落とした。
「あ……やば…!」
慌てて、拾い上げ、それを翳して見る。派手な音だった割には、欠けてもいないし、罅も
入っていなかった。
「スマン…悪かったな…」
社の言葉にヒカルは反射的に首を振った。声をかけられたくらいで、皿を落とすほど驚く
なんて…………恥ずかしくて顔が火照った。
 そんなヒカルの様子を見て、社は少し困ったように笑った。苦笑いとも違う、ヒカルが
可愛くてしょうがないと僅かに細められた目が語っている。
「ちゃうねん………昨日のこと…」
「…………え……?」
「乱暴なまねして………せやけど……オレ、本気やから……」
何でもないようなことのように、社は言った。さらりと言った言葉の裏には、彼の想いの
すべてが込められていたのが、こういうことに疎い世間知らずなヒカルにもわかった。


(49)
 どうしよう―――――ヒカルは本当に困ってしまった。昨日のことは思い出したくない…………
忘れたいのだ。自分が悪いということは百も承知だが、社の口から『好き』という言葉は聞きたくない。
どんなに考えても、自分がアキラ以外の相手を好きになるとは思えない。ヒカルは顔を伏せたまま、
社になんと答えればいいのか、悩んだ。

 『オレのことなんかどうして好きになるんだよ………』
自分に人を惹き付けるほどの魅力があるとはとうてい思えない。アキラにしろ、社にしろ、
ヒカルよりずっと大人で格好いい。その二人がどうして…………。人を好きになるのに
外見は関係ないとは思うけど、まったく無関係とは言い切れない。中身はというと、これまた
問題だらけのような気がする。ヒカルは、どうして二人がそんな自分に執着するのか、
不思議で仕方がなかった。

 そんなことを考えている間も、社の視線を全身で感じていた。俯いているのも苦しくて、
ヒカルはそっと顔を上げた。まともに視線がぶつかった。
 自分を見つめる社の瞳は澄んでいて、その目に正面から捕らえられて何故か胸が苦しくなった。
喉の奥から迫り上がってくるものにヒカルは狼狽えた。そして、それは決して不快なものではなかった。

 ヒカルは社へ返事を与えず、身を翻してそこから出て行った。いや、逃げたという方が正しい。
その背中をまだ熱い視線が追ってくる。それを振り切るように廊下を駆けた。


(50)
 急いで飛び込んだ台所で、流しの前に立つアキラの後ろ姿を見つけてヒカルは安堵した。
さっきまでの胸苦しさは影を潜め、かわりにほんわりとした温かい空気がヒカルを包んだ。
 ヒカルはアキラへ近づこうとした。だけど、足が動かない。
『どうしたんだよ……オレ……』
食器を持ったまま、立ちつくす。ヒカルは自分に戸惑っていた。
 「……………進藤…」
背中を向けたままアキラが声をかけてきた。ヒカルの手の中の食器がカシャンと小さな音を立てた。
「あ…!」
また、落とすところだった。慌てて、皿を持ち直す。
――――――オレが来たことに気づいていたのか。
食器を洗う水音で、ヒカルの足音には気づいていないと思っていたのに………。
 アキラはヒカルが来たことを知っていながら、振り返ってもくれなかった。自分のことを
怒っているせいだ。わかっているだけに悲しかった。
 「―――――進藤はボクのものだよね?」
ヒカルに背中を見せたままアキラが訊ねる。ヒカルには彼の表情は見えない。それなのに、
アキラがどんな顔をしているかを空気で感じる。
「…………………………」
アキラの言葉にヒカルは胸を突かれた。声が出ない。
「………進藤?」
「……………………………………うん…」
振り向かない背中が悲しい。ヒカルはその場に蹲って泣きたいと思った。



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