うたかた 47
(47)
「ヒカル、」
欲情しているときの加賀の声は、いつもより低く甘く耳に響く。
昨夜抱かれたときも、この声で名前を呼ばれた。
低く、甘く、名前を。
それだけで、達してしまいそうで。
(いま…オレ絶対顔赤い…。)
瞳だって、きっと今にも涙がこぼれそうなほど潤んでいる。
羞恥と快楽が入り交じって、脳のどこかを浸食してゆく。
「おまえ、さっきのサエキとかいうやつと何した?」
「ん…っ、ぁ……なに、も…っ」
「うそつけ」
加賀はヒカルを床に倒し、薄い胸に唇を寄せた。
「つけた覚えのないキスマークが、首についてる。」
「あ……」
「あいつともヤったのかよ。」
違う、と否定しようとして顔を上げたとき、その射抜くような瞳にヒカルの身体がすくんだ。
「言えよ。あいつに触られて感じたか?こんな風に声上げたのかよ。」
「ちが…っ…」
加賀の声は、もう甘さを含んでいなかった。
噛み付くようなキスと同時に、ガチッと互いの歯がぶつかり音を立てる。
「か…加賀っ……」
声が震える。
さっきまでとは全然違う加賀が怖くてたまらない。
急速に体温は下がり、頭の先から足下まで、血液がスッと引いていくのがわかった。
ヒカルはろくな抵抗もできないまま次々と服を脱がされ、加賀を引き離そうと伸ばされた腕は、なすすべもなく宙を掻いてぱたりと床に落ちた。
母親が階下にいるというこの危険な状況で、いつもの加賀なら絶対にこんなことはしなかっただろう。
けれど、今の加賀には驚くほど余裕がなかった。
苛立っていた。
自分より大人で、自分より社会的地位が確立していて、自分よりヒカルに優しくしてやれそうな、そんな冴木の存在に。
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