裏階段 アキラ編 47 - 48


(47)
かつて学校の担任との出来事のような、人に体を見せるのを嫌がるような事態は
彼の身に起こっている訳ではなさそうだった。
眼鏡を外して座卓に置き、熱いコーヒーで一息ついて畳の上に寝転がった。
アキラの事を少し気にし過ぎているのかもしれない。

そうしてどれくらい時間が経ったのか、気がついてみると自分の体の上に
毛布が掛けられていた。やけに温かく、毛布の中を見てみると思った通り
アキラがパジャマ姿ですぐ横で体を丸めて眠っていた。
時計を見ると11時を過ぎたところだった。しまったと思い、
慌ててアキラを揺り起こした。
「ダメだよ、アキラくん。風邪をひく。」
「んー…、」
ボーッとしているアキラをトイレに行かせ、毛布を持ってアキラの
部屋に入ると押し入れから敷き布団を引っ張り出したままの状態になっていた。
そのアキラの寝床を整えているとアキラが戻って来た。
「…緒方さんも一緒にここで寝ようよオ…。」
眠気半分のせいか多少不機嫌そうに、珍しく幼い子供の口調になっていた。
「わかったから戸を閉めて布団に入りなさい。」
アキラが布団の中に潜り込むと、掛け布団の上にアキラの隣に横になった。
「毛布を掛けてくれたんだね。ありがとう。」
そう言って布団の上からアキラの体をポンポンと叩いてやるとアキラは
嬉しそうに笑んでこちらを見つめていた。


(48)
若干眠気が引いてしまったのか、アキラの黒目がちな丸い瞳がキラキラ光っている。
この状況だと昔話のひとつもせがまれそうで焦った。
それくらいなら碁の相手をする方がまだましである。
「…オレの事がそんなに好きか?」
間がもたなくてついくだらない事を聞いてしまった。まだ頭の芯が寝ていたらしい。
アキラは布団で顔の下半分を隠してこくりと頷いた。
「…どこがいいんだ?」
ついでだと半ばやけくそになっていた。横になって再び眠気が襲ってきていた。
「…目が好き。」
「目?」
「緒方さんの目、光が当たるとすごくキレイ。ライオンみたいな金色になって
カッコイイから…」
「…オレはアキラくんの目の方がカッコイイと思うよ…。」
「…ボクの目?」
布団から顔を出したアキラの頬にかかった黒髪を指ではらってやると、
アキラはくすぐったそうに首をすくめた。
10年前にこの部屋で赤ん坊のアキラを見つめていた時の事を思い出す。
皮肉な話だと言えなくもない。
父親に忌み嫌われ遠ざけられる原因となったこの瞳の色を
おそらくその父親が理想としていた瞳と髪の色を持つアキラが好きだと言ってくれる。
そして未だに自分の心の奥底に癒えない傷がある事に気付く。
「…緒方さん、ずっとそばに居てくれるよね…。」
無意識の内に指先でアキラの頬を撫でていて、アキラにそう問われた。



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