平安幻想異聞録-異聞- 47 - 48


(47)
「う……フッ……あん……」
ともすれば、体に走る快感のためにくずれそうになるヒカルの体を、
佐為が腕で支える。
彼の方の着衣は狩衣はほとんど乱れもなく、指貫の腰帯を解いたくらいの
ものであった。
「あ、あぁ、……あ…あ……」
うつむいて淫欲にふけるヒカルの額に光る汗の粒を、
佐為が片手の伸ばしてぬぐう。
そのまま佐為は、息を乱れさせるヒカルをなぐさめるように、
その手のひらで、ヒカルの頬をつつんだ。火照った体に、その佐為の
しっとりと冷めた手の平が気持ち良くて、
ヒカルはそれに頬をすりよせる。
「ヒカル……きれいですね」
「な…に、言って……ぁん……っ」
佐為もヒカルに合わせてわずかに腰を動かすと、その声はますます
甘いものになり、やがてヒカルの方が根をあげた。
自分の下で息を乱す佐為の胸の上に、ヒカルの上半身が震えながら崩れ落ちる。
「ごめ……佐為っ、もうだめっ……は…限界…」
限界なのは佐為も同じようなものだった。
衣擦れの音をさせながら、すばやくその体を入れ替え、ヒカルを
自分の下に組み敷いてしまう。
「大丈夫ですよ、ヒカル。ありがとう」
そうささやいて、佐為は、熱くなったヒカルの中を、
今度は自分の思う通りに行き来する。
「あ……あ……あ…」
それでも、必死に上がる声を押さえようとしている風のヒカルだったが、
飲み込みきれない嬌声が、口の端から漏れて出る。
佐為は、単調にヒカルの一番弱いところばかりを責めるだけでなく、
まわりの壁や、時には思わぬところを突いてくる。ヒカルはその度に、
顎を反らし、押さえきれない細い啼き声をあげる。
「あぁ、あ、あ、……はぁんっ、ぁ!」
自分の中の佐為が、ひときわ膨らみ壁を圧迫するのを感じて、
ヒカルは終わりが近づいたのを知った。
佐為のモノがひときわ奥まで入り込み、大きな動きで、ヒカルを快楽に酔わせる。
「あ、あぁぁ、あ、あぁ、あぁ、あぁぁぁっっ…!」
ヒカルの体を大きな波が駆け抜けた。同時に、ヒカルの中の壁に
熱く濡れたものが打ち付けられる。
ヒカルは、自分の中が暖かいもので満たされるのを、陶然と感じていた。


(48)
快楽の余韻を楽しみながら、佐為はそっと耳をすました。
かわった物音も、足音もしない。どうやら気付かれなかったようだ。
佐為は、常と替わらぬ優雅なしぐさで、ヒカルから身を放し、
自分の着衣を整える。
続いて、ヒカルの吐きだしたものを綺麗に懐紙でふきとり、
その着衣もきちんと直してやった。
「暑いー」
乱れた狩衣の襟元まできっちり正されて、まだ夢心地のまま、
ヒカルが文句を言った。
「だからって、そのままでは風邪をひきますよ。――立てますか?」
「無理。絶対だめ」
情事の余韻にかすれた声で即答するヒカルがなんだか可愛い。
「じゃあ、少し休んでから帰りましょうね」
佐為は、そう言って、静かに立ち上ると几帳の位置を少しずらして、
外の空気が入るようにした。
涼やかな、初秋の夕風がそよそよと吹き入ってくる。
その風に乱れた髪を整えながら佐為が言った。
「ヒカル、先ほどの話しですけど…」
「ん?」
力なく横たわったままのヒカルの傍らに座り、語りかける。
「本当ですから」
そう言って笑う佐為に、意味がわからないヒカルが不思議そうな顔をする。
(きっと、この検非違使の少年は気付きもしていないのだろう)
――かたわらの自分の存在が、どれほど佐為を支えてくれているか。
囲碁を打つこと以外、特に人付き合いに関しては不器用と言ってもいいほどの自分が、
このドロドロとした人間の怨嗟うずまく宮廷の中に、帝の囲碁指南役という
ねたみそねみを一身に受けるような大任を背負いつつ、
それでも、しっかりと立っていられるのは何故なのか。
「私は、今この時にも、充分ヒカルに守ってもらっていますから」



事件が起きたのは、その夜の事だった。



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