平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 47 - 48


(47)
伊角とそんなことになるのは、初めてではなかったせいでもあっただろうけど、
それ以上に、ヒカルの体は、伊角の生真面目な愛撫を気持ちいいものとして
捉え、その熱を欲していた。
今だって――と、ヒカルは牛車に乗り込む伊角の背中を見ながら思う。
(あの腕に、もう一度抱きしめて貰えたら気持ちいいだろうな)
と、ぼんやり考えている自分がいるのだ。
その伊角は、内裏について清涼殿に向かう前に、なぜかヒカル一人を廊下の
方に呼びだした。
岸本の刺さるようにきつい視線を、背中に受けとめながらついていくと、人気の
ない場所に来て振り返り、奇妙な顔をして、首をかしげた。
「何……?」
ヒカルが聞くと、伊角は今更我に返ったような表情で、慌ててそっぽを向いて
しまった。
そっぽをむいたまま、ちらちらと視線だけはヒカルの方によこすので、焦れて、
何か言いたいのかと重ねて聞くと、
「いや、その、なんでもない。すまない」
と、歯切れも悪く言うと、さっさと清涼殿の方に行ってしまった。
「なんなんだよ」
と、残されたヒカルは首をひねるばかりだった。

その日は夜議が多い近頃には珍しく、議事が日も暮れないうちに終わったので、
ヒカルは伊角を送り届けてから、検非違使庁に顔を出した。
かの人が身罷ってからしばらくは、変に気を使われて居心地も悪かったが、時間が
たった今では、普段付き合いの薄い連中はともかく、三谷や筒井といった親しい
間柄の者たちとの間には、随分と以前の雰囲気が戻ってきていた。
「あれ、近衛、今日も手伝ってくれるの?」
書き物をしていた筒井が、顔をあげて嬉しそうにヒカルに問い描ける。
「うん、なんか、俺ができることある?」


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体の奥に火種を抱えているような今の体調では、いっそ働いていたほうがいい。
自分の中を焦がす熱の存在を忘れられる。自分がそんな淫猥な欲望を抱えて
困っているなんて、決して検非違使庁の連中に知られたくはなかったが。
それに何より、ここがヒカル自身にとって一番しっくりとくる「自分の居場所」
なのだ。
自分は代々検非違使をつとめる家に生まれた。物心ついた時から「お前は
検非違使になるのだ」と吹き込まれて育って、それに違和感を覚えたことはない。
この仕事はヒカルの誇りだ。
内裏の中も興味深いけれど、そのあでやかな作法行事の向こう側で交わされる
権力抗争の恐ろしさを、ヒカルは身をもって体験している。あそこは、佐為や
伊角の場所であって、ヒカルの場所ではない。
やはり、自分にはここがいい。
どんな考え事をしていても、検非違使庁に足を踏み入れれば、すっきりと心が切り
替わってしまうから不思議だ。
太刀を腰に、検非違使の仕事をしていれば、みんな忘れられる。
体を苛む熱さも。
佐為が、もう、いない事だって――。
「伊角んとこの警護もやってるんだろ? 昨日はどれくらい寝たんだ? 
 寝不足で足手まといになるなよ」
言って、ヒカルの頭を後ろから扇でこづいたのは加賀だ。
そうやってヒカルを扇ではたいたり、こづいたりするのは、彼のいつもの癖な
ので、ヒカルは振り返らなくてもそれが加賀だとわかるのだ。



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