誘惑 第三部 48
(48)
痛いんだか気持ちいいんだか、ぐちゃぐちゃになって、もう何が何だか訳がわかんない。
死んでしまいそうだ。本気で喰い尽くされてしまいそうだ。
いっそ食べられてしまいたい。そうしたら一つになれるかな。オレはおまえの爪と牙に引き裂かれ
て、喰われて、骨の髄までしゃぶり尽くされて、おまえの胃の中で消化されて、オレはおまえの血
肉になり、おまえと一つになっておまえの中を駆け巡る。
甘美な夢に浸りかけていたヒカルは突然はっと目を見開く。
駄目だ。そんなのはイヤだ。
オレはオレで、おまえはおまえで、同じ人間じゃないから、だからおまえが欲しいんだ。
おまえだってそうだろう?
大人しく喰われてるだけのオレじゃねぇ。馬鹿にすんな。おまえを喰っちまいたいのはオレの方だ。
そう思ってヒカルは目の前の肉に齧りついた。
思わぬ刺激にアキラが一瞬、小さく声にならない悲鳴を上げる。
そして、自分を傷付けた相手を見る。
驚きは瞬間、歓喜に変わる。
それでこそ。
それでこそ、ボクの望んだキミだ。
言葉が無くても、彼の眼がそう叫んでいるのがわかる。こらえきれぬ喜びに無意識にその紅い唇
が釣り上がる。
飢えた獣は、応戦しようと顔を上げたもう一頭の獣の顎を捉え、唇に噛り付き、更に強引に舌をね
じ込ませると、鉄錆の味が互いの口内に広がった。
|