平安幻想異聞録-異聞- 48
(48)
快楽の余韻を楽しみながら、佐為はそっと耳をすました。
かわった物音も、足音もしない。どうやら気付かれなかったようだ。
佐為は、常と替わらぬ優雅なしぐさで、ヒカルから身を放し、
自分の着衣を整える。
続いて、ヒカルの吐きだしたものを綺麗に懐紙でふきとり、
その着衣もきちんと直してやった。
「暑いー」
乱れた狩衣の襟元まできっちり正されて、まだ夢心地のまま、
ヒカルが文句を言った。
「だからって、そのままでは風邪をひきますよ。――立てますか?」
「無理。絶対だめ」
情事の余韻にかすれた声で即答するヒカルがなんだか可愛い。
「じゃあ、少し休んでから帰りましょうね」
佐為は、そう言って、静かに立ち上ると几帳の位置を少しずらして、
外の空気が入るようにした。
涼やかな、初秋の夕風がそよそよと吹き入ってくる。
その風に乱れた髪を整えながら佐為が言った。
「ヒカル、先ほどの話しですけど…」
「ん?」
力なく横たわったままのヒカルの傍らに座り、語りかける。
「本当ですから」
そう言って笑う佐為に、意味がわからないヒカルが不思議そうな顔をする。
(きっと、この検非違使の少年は気付きもしていないのだろう)
――かたわらの自分の存在が、どれほど佐為を支えてくれているか。
囲碁を打つこと以外、特に人付き合いに関しては不器用と言ってもいいほどの自分が、
このドロドロとした人間の怨嗟うずまく宮廷の中に、帝の囲碁指南役という
ねたみそねみを一身に受けるような大任を背負いつつ、
それでも、しっかりと立っていられるのは何故なのか。
「私は、今この時にも、充分ヒカルに守ってもらっていますから」
事件が起きたのは、その夜の事だった。
|