白と黒の宴4 49 - 50
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「…佐為…」
ほぼ同時にハッキリとヒカルがそう呟いた。アキラが驚いて息を飲む。
「…絶対勝つよ…お前のためにも」
今にもヒカルに呼び掛けそうになるのを必死で抑え込んでアキラは廊下を引き返した。
落ち着け、と頭を振る。
ヒカルが自分自身に呼び掛けているような印象だった。
自分の中にその半身を宿しているほどにヒカルと意志を重ねあった存在、それがsai。
ヒカルはそのsaiに追い付く為に碁を打っている。
それがアキラが最も怖れていたもう一つの答えだった。
ヒカルと結びついたのは早過ぎたのかもしれない。
肉体的な結びつきで安心感を得ようとしたのが間違いだったのだ。
自分はまだ、ヒカルとsaiの結びつき程にまるでヒカルに届いていない。
だがそれは失意を感じるものではない。
自分が惹かれたのは、遥か高みを目指すヒカルの姿勢だったとよくわかった。
ヒカルと共に、神の一手を担えるほどに成長した先に本当に自分が望むものがきっとある。
今日の高永夏との戦いできっとヒカルは更なる成長を遂げる。
ならば、自分もヒカルを追う。
ヒカルはいつかsaiの事を話すと言った。その時はきっと来る。それを待てばいい。
部屋に戻ると社の姿はなかった。
まだ微かにその温もりが残る毛布の中にアキラは服のまま潜り込んだ。
「…ごめんなさい…」
自分が迷ったために、多くのものを与えてもらいながら、彼等が望んだものは
与えてやれなかった事を詫びてアキラは短い眠りに落ちた。
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「お、今日は3人とも寝坊無しか。感心だな。」
スーツの上着を引っ掛けて倉田がレストランにやって来た時はすでにヒカルも社もアキラも
テーブルについていた。朝、ほぼ同時に3つの部屋のドアが開いて廊下で3人顔を合わせ、
ヒカルが驚いた顔をしたばかりだった。そのまま一緒に下りて来た。
朝食のバイキングで飲み物しかとらなかったアキラの前に社がサンドイッチの皿を置く。
「いいだけ食えばエエで。残ったらオレが片付ける。」
「…ありがとう…」
そんな会話を交わすアキラと社をヒカルはミルクのマグカップを抱えて不思議そうに眺める。
「あのさ…なーんかお前ら妙に気が合っているようだけどさ…」
ヒカルがそう言葉を切り出し、一瞬アキラと社は息を飲んだ。
「…もしかしてオレが負けたらボコにしてやろうとか、相談したりしてねえだろうな」
「はあ?当然やろ。ボコボコにしたるで。」
社が下唇を突き出して睨みながらヒカルの髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
「があーっ!やめろよ!」
「…そうだね。蹴りのひとつやふたつは覚悟しておいてもらおうか。」
真顔でのアキラの言葉にヒカルは背筋を凍らせる。なぜか社も一緒にビビる。
そんな2人をよそにアキラは黙々とサンドイッチを頬張る。
「塔矢が言うと冗談に聞こえねえ…」
ヒカルがボヤき、社はアキラが食べ物を口にしているのを見て安心したような表情になった。
「へえ、韓国戦を前にコチコチかと思いきや、結構リラックスしてるな!その調子でいけよ!」
倉田はそんな3人を見て上機嫌だった。
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