誘惑 第三部 49 - 50
(49)
だが応戦も虚しく、ほとんど弄られるだけ弄られ続けた。
「ああっ、塔矢、塔矢、オレ、もう、」
耐え切れずに弱音を吐いてしまうと、くっと顎を掴まれた。
むりやり顔を上げさせられてアイツを見上げると、アイツときたら、これくらいで音を上げるのか
と、挑発するように嘲っている。
畜生。このサド野郎。
誰が、音を上げたりするもんか。
そう思って、あいつの目を睨み上げた。
けど、それが最後の抵抗だった。
オレの睨みつける目に笑った塔矢が少しだけ手を緩めたように感じたのが間違いで、次の瞬間、
激しく動かれた。
耐え切れずに一人で先にイっちまったオレを、あいつの手が支える。
もう名前を呼ぶ気力さえ残っていなかった。
かろうじてまだ動かせる腕をあいつの首に絡めてキスをねだると、それでもオレの中で勢いを失っ
ていないあいつが、オレに優しいキスを送りながら、またオレの中で動き出す。それは猛々しくオ
レを突き動かすくせに、あいつの唇は柔らかくて優しくて、下半身の感覚がもう麻痺してしまいそ
うなオレの上半身は、その優しさに溶けてしまいそうだった。
「……と…や…」
やっとの思いであいつの名前を絞り出すと、オレのほっぺたの上で、あいつの唇がオレの名前を
呼ぶように動いて、あいつの熱い息がオレの顔にかかる。それだけでもう、頭の芯まで痺れてしま
いそうだ。
あいつの唇が優しいなんて思いっきりオレの勘違いなんだ。違うんだ。焦らして、弄って、オレを泣
かして喜んでるだけなんだ。そうだろう?優しいなんて勘違いして、嬉しいなんて思っちゃいけない。
アイツはそんなに優しくなんかねぇ。違うんだ。だけど。
(50)
「…ん……あ、……あぁ…」
これ以上ヒカルを傷つけないようにと自分自身を制御しているアキラを感じて、ヒカルの目から涙
が零れ落ちる。優しい唇がその涙を受け止める。
ああ、とヒカルは心の中で言葉にならない言葉を紡ぐ。ああ、塔矢、と彼の名を呼びながら、意識
の全てが真っ白に消えてしまいそうな充足感と幸福感に全身が満たされ、残された最後の力で
アキラを抱きしめる。それに応えるように、ヒカルを抱く腕の力がきゅっと強くなる。
「んんっ…!」
「んっ、しん、どうっ…!」
「…ぅや…っ…」
抱きしめる強い腕の力と、断続的に打ちつけられるアキラを感じて、ヒカルは断末魔のように身体
を震わせ、しがみついていた全てを手放した。
そしてもう抱きつく力さえ残されていないヒカルの身体を、アキラは静かにそっと横たえた。
耳元で声にならない声で囁く。
「好きだよ、進藤…」
その声が届いたのか、ヒカルは目を閉じたまま微かに微笑む。
乱れた髪を優しく梳きながら、目元に口付け、やっと聞き取れるくらいの微かな声でそうっと囁いた。
「……愛してる…」
ほとんど意識を失いかけていたヒカルに、その言葉は最初はただの音のカケラとしてしか届かなかっ
たけれど、それがとても大事なもののように思えて、ヒカルは薄れていく意識の中で必死にその言葉
を捕まえようとした。
―今、なんて、言った…?なんて?………
「…愛してる、ヒカル、」
もう一度、落とされた言葉を、ヒカルはやっと掴まえる。けれどその時にはもう遅すぎて、ヒカルはそ
の言葉を必死に追いながら、眠りに落ちて言った。
………ダメだ…眠っちゃ、ダメ………だって…オレだって……オレだって、言いたい………
……アイシテル、って……愛してる、アキラ、…って………言うから…………だから……………
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