平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 49 - 50
(49)
「今夜、なんかあるの?」
ヒカルは、検非違使庁内の雰囲気がいつもより、ピリピリとしているのに気が
ついていた。
皆が奇妙に落ち着きなく、建物の中がざわめいている。
加賀が不敵ににやりと笑う。
「いよいよ、五条松虫をやるぜ」
五条松虫とは、一年ほど前から洛中を騒がせている夜盗だ。金品だけではない、
時には馬や、女子供も攫っていく。
一人ではなく、何十人もからなる盗賊団で、五条を中心に荒らし回り、
検非違使たちは下っ端を随分と捕まえたのだが、肝心の首領がなかなか
捕まらない。この首領というのが洒落もので、体のどこかに鈴をつけてい
るのか、逃げ去る時には、いつも検非違使たちを馬鹿にするように、松虫が
鳴くような音をさせながら闇に消えてゆくのだ。ゆえに、五条松虫と呼ばれて
いる。
加賀は扇で自分の肩を、ふたつ叩いて、ヒカルを真正面からまじまじと見据えた。
足の先から頭のてっぺんまで、じっくりと。
神妙な顔をして、ヒカルはその視線を受け止める。
「鍛練はおこたってないだろうな」
黙ってうなずいた。
「よし、今夜は一緒に、大盗賊五条松虫の首領の顔を拝んでやるとしようぜ」
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その夜、ヒカルは古瀬村という人物と組まされた。
いつもなら、こういう荒事の時は加賀と組まされるのだが、その加賀は
この秋の除目で階位が上がってしまい、今回は全体を把握する指揮官の
役どころだ。
加賀いわく
「この古瀬村って奴はお前より年上だけど、検非違使としてはまだまだ
新人だ。せいぜい指導してやってくれ」
ヒカルは、そうこの人物を紹介されて、どうにも武官としてはものたりない
風体の男、たどたどしいと挨拶を交わした。
そして、今は、そいつと共に、右京に近い小さな往来の隅に息を殺している。
加賀がどういった手段でその情報を掴んだかは謎だったが、とにかく、今夜
五条松虫が出るという。
それを、こうして京のあちこちに検非違使を配置して、交代交代で、かの
大盗賊が根をあげてへたばるまで追いかけまわそうというのだ。もちろん
追いつけるのなら、追いついて捕まえてかまわない。足の速い松虫を捉える
ため、馬を用意する検非違使もいたが、馬は鼻を鳴らしたり、蹄を踏みなら
したりで、先にいることを感づかれる危険も高い。
雲は重く垂れ込め、月の光はないに等しい。
盗みを働くには絶好の夜だ。
「こんな、夜は盗賊より先に、物の怪の方がでそうですねぇ」
「弱気になるなよ」
小さくつぶやく古瀬村にヒカルが返す。
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