交際 49 - 50
(49)
どうしよう―――――ヒカルは本当に困ってしまった。昨日のことは思い出したくない…………
忘れたいのだ。自分が悪いということは百も承知だが、社の口から『好き』という言葉は聞きたくない。
どんなに考えても、自分がアキラ以外の相手を好きになるとは思えない。ヒカルは顔を伏せたまま、
社になんと答えればいいのか、悩んだ。
『オレのことなんかどうして好きになるんだよ………』
自分に人を惹き付けるほどの魅力があるとはとうてい思えない。アキラにしろ、社にしろ、
ヒカルよりずっと大人で格好いい。その二人がどうして…………。人を好きになるのに
外見は関係ないとは思うけど、まったく無関係とは言い切れない。中身はというと、これまた
問題だらけのような気がする。ヒカルは、どうして二人がそんな自分に執着するのか、
不思議で仕方がなかった。
そんなことを考えている間も、社の視線を全身で感じていた。俯いているのも苦しくて、
ヒカルはそっと顔を上げた。まともに視線がぶつかった。
自分を見つめる社の瞳は澄んでいて、その目に正面から捕らえられて何故か胸が苦しくなった。
喉の奥から迫り上がってくるものにヒカルは狼狽えた。そして、それは決して不快なものではなかった。
ヒカルは社へ返事を与えず、身を翻してそこから出て行った。いや、逃げたという方が正しい。
その背中をまだ熱い視線が追ってくる。それを振り切るように廊下を駆けた。
(50)
急いで飛び込んだ台所で、流しの前に立つアキラの後ろ姿を見つけてヒカルは安堵した。
さっきまでの胸苦しさは影を潜め、かわりにほんわりとした温かい空気がヒカルを包んだ。
ヒカルはアキラへ近づこうとした。だけど、足が動かない。
『どうしたんだよ……オレ……』
食器を持ったまま、立ちつくす。ヒカルは自分に戸惑っていた。
「……………進藤…」
背中を向けたままアキラが声をかけてきた。ヒカルの手の中の食器がカシャンと小さな音を立てた。
「あ…!」
また、落とすところだった。慌てて、皿を持ち直す。
――――――オレが来たことに気づいていたのか。
食器を洗う水音で、ヒカルの足音には気づいていないと思っていたのに………。
アキラはヒカルが来たことを知っていながら、振り返ってもくれなかった。自分のことを
怒っているせいだ。わかっているだけに悲しかった。
「―――――進藤はボクのものだよね?」
ヒカルに背中を見せたままアキラが訊ねる。ヒカルには彼の表情は見えない。それなのに、
アキラがどんな顔をしているかを空気で感じる。
「…………………………」
アキラの言葉にヒカルは胸を突かれた。声が出ない。
「………進藤?」
「……………………………………うん…」
振り向かない背中が悲しい。ヒカルはその場に蹲って泣きたいと思った。
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