白と黒の宴2 5
(5)
社は片手でポケットからハンカチを取り出してもう一度ヒカルの片目を拭った。
その様子はまるで弟の面倒を見る兄のようだった。ヒカルは自分の手で目を擦りながら
「ありがと。何かチクチクしていると思ったんだ。」
と社にお礼を言う。どうやら心配するような状況ではない事をアキラは理解して
体から力を抜いた。そんなアキラの気持ちを他所にヒカルが屈託のない笑顔で話し掛けて来る。
「見ていただろ、塔矢、オレ達の対局。こいつすげー強いよな。」
「あ、…ああ。善い戦いだったよ。」
「今日の結果に関わらず、機会があったらまた手合わせしようって約束したんだ。」
「そう…。」
「進藤、」
その時社がそう呼び掛けてヒカルの肩に手をかける。アキラはドキリとした。
「さっきは越智があのままでは納得できへんと思ってオレも対局を強く望んでいるように
ああ言ったけど、…やはりたとえ勝ったからと言ってオレは選手にはならん方がええんと違うかな。」
「えっ!?」
社の言葉にヒカルが驚いて声を上げ、アキラも社を見つめた。
「なんや、関西棋院から一人も出られん事に主催者側が気イ使うたような感じやったし…
オレだけにチャンスが与えられて、ええんやろうか…。」
あの社が神妙な面持ちをしている。アキラは社の意外な一面を見た思いがした。
囲碁に対しては彼なりに純粋な思いがあるのかもしれない。
「そんなのやっぱり越智が納得しないよ!…っていうか、まだ判らないけど、
勝った者が…より強い者が選手になるべきだと思うよ。塔矢もそう思うだろ?」
ヒカルにそう言われてアキラは返事をしようとし、反応に詰まった。
社がこちらを見つめて来たからだ。
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