指話 5
(5)
結局あれ程までに望んだ進藤との対局が失意の中で終わり、自分は再びあの人だけを
追う日々に戻った。だが何故か、心の中のざわつきは消えなかった。
それくらい、最初の時の進藤との一戦が深く心に刻み込まれていた。
ネット上に現れたsaiの存在も傷を深めた。
プロ試験を受ける決意をし、そのための精進に没頭しながらも
癒えない傷が再び血を吹いて自分を苦しめるような予感がまとわりついた。
―何か気に病むようなことでもあるのか?
朝の対局の場で、珍しく父が言葉をかけて来た。
―いえ、何でもありません。
―そうか。
言葉の代わりに父の一手一手が自分に問い続ける。乱れた心を正して正しい方へ
導いてくれる。小さい時こそ手をつなぎよく触れあった暖かさが時々こうして
盤上の父の指先から感じる事がある。その暖かさは、変わらない。
あの人もこうして、父から厳しさ以外のものを多く受け取っていったはずだ。
あの人とも何度も対戦し、何度も辛らつな結果を受けた。だがあの人の指先が盤上で
自分に対しては何も語りかけようとしてくれることはなかった。
それでも心はあの人を追う。
そんな自分をあの人はさらに突き放す。
―君に見せたいものがある。
プロ試験に合格し、ぶれていた振り子がようやく静かに元通りにリズムを刻みかけた
頃に、あの人はそう言って来た。自分を追おうとしている進藤の姿を突き付けて来た。
傷口から流れる血が人の形となって再び自分とあの人の間に立ち上がった。
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