誘惑 第三部 5


(5)
いつか手合いの通知が来て、そこには「塔矢アキラ」と書かれている。
書かれた日に棋院に行くと、きっとあいつはオレよりも先に来ていて、静かに碁盤の前に座ってい
る。だからオレもそっとあいつの向かいに座る。開始を告げる声で、きっとあいつは静かに目を開
き、何もない盤面を一瞬見つめて、それから顔を上げてオレを見る。お互いに「お願いします」と頭
を下げて、それからオレたちは打ち始める。
塔矢が一つ打ち、それにオレが一つ返す。そしてその石に更に塔矢が次の手を返す。そうやって、
白と黒の石を介してオレ達は会話する。
オレが打ち続ける限り、オレと塔矢はそうやって向かい合い、言葉の要らない会話を交わす。
オレは碁から離れない。離れられない。それは同時に塔矢から離れられないって事だ。

一度は触れ合って、あんなに近くまで近づいた相手と、碁を通じてしか話せなくなるのは、悲しい事
なんだろうか。それでも碁を通じて繋がっていられるのは、嬉しい事なんだろうか。今のオレには、
それが嬉しいのか悲しいのか、良くわからない。
それでも、どんな事があってもオレ達はそうやって離れられない。オレと塔矢を繋ぐ絆は断ち切りた
いと思っても断ち切れない。それがきっとオレの、できればオレだけでなく塔矢の、運命だからだ。

もう、前には戻れないのかもしれない。恋人同士みたいに抱き合う事はもうないのかもしれない。
それでもオレと塔矢は繋ぐ糸は切れない。オレ達は同じ世界で生きてる。
オレをここに引きずり込んだのは塔矢。
今はオレの前を歩いている塔矢を、オレはずっと追いかけて、いつか追いつき、追い越して、また追
い越されて、競い合いながら神の一手を目指す。それがオレたちの運命。それだけは変わらない。



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