平安幻想秘聞録・第二章 5
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牛の引く車。読んで字のごとくの乗り物がこんなに揺れるものだとは
思わなかった。乗り慣れている佐為はともかく、ヒカルは大きく弾む度
に牛車が壊れるのではないかとびくびくしていた。それでも何とか内裏
に辿り着き、外郭門の一つ、建春門を潜ることができた。
宴の客である貴族たちが使うのは南側にある建礼門で、この建春門は
東側にあるため、今は人通りもなくひっそりとしていた。
「大丈夫ですか、光?」
「あー、思ったより平気みたい」
牛車から踏み出したヒカルの足取りは意外にもしっかりとしている。
昔から乗り物酔いをする体質ではなかったからかも知れない。
藤原行洋からの手回しだろう、佐為の姿を見た衛士は、目の前にある
大きな宣陽門を避け、南側にある延政門へと案内してくれた。
「さぁ、光、こちらですよ」
ヒカルにはでっかい日本家屋が立ち並んでるように見えるだけで、ど
っちに何があるのかさっぱり分からない。後はもうひたすら佐為の後ろ
を着いていくだけだ。顔を見られないよう袿(うちぎ)を被き(かずき)
にしたヒカルはある意味目立っていたが、贅沢も言っていられない。
ちなみにヒカルは帯剣もしている。刀を振り回したこともない者が形
だけで持ち歩くのは危なくはないかと明に揶揄されたのだが、せっかく
だから刀を差してみたいというのか、差してないと落ち着かないという
のか、とにかく押し切って来てしまったのだ。
「光、着きましたよ」
そうこうしているうちに、どこかの部屋に通され、袿を取るように言
われた。
「久しぶりだな。佐為殿と、近衛くんではなく、進藤くんと言うのだっ
たな?」
そこには、緒方通匡が座して二人を待っていた。うわー、緒方先生だ!
というのがヒカルの率直な感想だった。
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