平安幻想秘聞録・第四章 5
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そうは言われても、難しい漢字の並んだ本は読めないし、豪奢な太刀
は触ると壊れそうで怖い。それでも、有り難いものを拝見させていただ
きと、明に仕込まれた口上だけは返すようにしている。
いくら尊い御身とはいえ、まったく知らない相手ならここまでヒカル
が気を遣うこともない。が、顔見知り、しかも少なからず恩のある相手
なだけに、邪険にできない。
その恩人のことをすっかり忘れてたのかと突っ込まれれば、それまで
だが。あの夜は部屋が暗かった上に、トレードマークと言ってもいいも
のが乗っていなかったせいで、すぐには分からなかったのだ。
にしても、この部屋にいるだけで緊張する。この頃は、東宮だけでは
なく、随身たちからの視線も俄に痛くなって来た。身分違いも甚だしい
とでも陰口を叩かれているんだろうな。ヒカル自身はそう思っていたが、
実際の彼らが送って来る視線の意味合いは、微妙に違っていた。
「東宮さまは、本日は午後から公務があるゆえ、佐為殿にはここで退出
をお願い致します」
「はい、そのように致します、それでは、失礼します」
今日は珍しくこれでお役ご免らしい。ヒカルは密かに胸を撫で下ろし、
その解放感から入り口の御簾を巻き上げてくれた随身の一人に、満面の
笑みを返してしまった。
「ありがとう・・・じゃないや、恐れ入ります」
ぺこりと頭を下げ、ヒカルが佐為の後をついて退出した後、既に主の
いなくなった部屋でどんな騒ぎが起こったか、ヒカルが知らなかったの
は幸いだろう。
用意されている昼餉を摂るために、女房に案内され、承香殿へと廊下
を渡る。佐為がふと美しい眉を曇らせてヒカルを見た。
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