七彩 5
(5)
棋院の事務室は改装されて随分小奇麗になっていた。
「塔矢君、それでは先の件、よろしく頼むよ」
「はい、・・・ご期待にそえるか分かりませんが、全力を尽くします」
棋院職員の男は目を細めた。目の前の棋士は常に謙虚で礼儀正しく篤実であり、
実に好ましい。今日も頼もしい返事で安心させてくれる。男はアキラに仕事を
依頼していた。近日開催される碁の交流会のスポンサーは地元の代議士である。
当日は貴賓として迎える彼は当然失礼の許されない相手だが、担当が塔矢アキラ
なら心配あるまい。
男は、頭を下げて辞退したアキラの後ろ姿を見送っていた。
「まじめだなあ、塔矢君は」
アキラの姿は完全にドアの向こうに消えてから、男はぽつりと呟いた。
品行方正、温厚篤実、眉目秀麗の塔矢アキラは棋士としても人間としても、
元名人の息子としても常に完璧である。
(・・・だが、面白味に欠けているのが玉に傷だな)
男はデスクに向かいながら鉛筆で頭を掻き、目の前に溜まった書類の山をどう
片付けるかに意識を戻した。
後日、アキラは棋院の期待に応えて仕事をそつなく完璧にこなした。
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