失楽園 5


(5)
ヒカルは目を閉じた。煙草の匂いはアキラを思い出させる。否、緒方の存在そのものがアキラを
彷彿とさせるのかもしれない。
自分を抱くアキラ、そのアキラを抱く緒方――その図式がヒカルの頭の中で出来上がってしまっていた。
僅かに身体を退いたヒカルをどう思ったのか、緒方は眼鏡のフレームを中指で押し上げる。
「……。少し急がせるかもしれんが――一局打つか?」
「え…今から?」
ヒカルは目を輝かせた。佐為が消えた今、以前のように『圧倒的に強い』打ち手と打つことは少なく
なっている。互いに切磋琢磨するアキラとの対局とは違い、圧倒的な力の前で自分がどこまで打てるのか
――それを無性に知りたくなることがヒカルには度々あった。
「ああ」
相手は複数のタイトルを持つトップ棋士だ。しかも酔っていたとはいえヒカルに一度敗北している。
その上アキラとのこともある。緒方が今回は全力でヒカルに挑んでくるだろうことは容易に予想できた。
「打つ! 打ちたいっ!」
ヒカルは急いで碁盤の上に置いていた石を片付けた。
「早碁はできるな? 打ち終わったらメシ食いに付き合え。少しバタバタしてて昼食を摂り損ねたんだ」
「不健康な生活してんなァ緒方先生」
緒方は口の端を僅かに吊り上げて笑い、白石の入った碁笥を引き寄せた。
「さァ、はじめようか」
「お願いします」
互いに頭を下げる。改めて正面から見詰め合うと、ヒカルを見つめる眼鏡の奥にある切れ長の目は
もう笑っていなかった。



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