番外編2 冷静と狂気の間 5


(5)
迷ったが、あまり長い間ロビーにいるわけにもいかず、言われた部屋で桑
原を待つことにした。504号室。次の間のついた贅沢な造りの和室が本因
坊に用意されていた。鍵を預かっていたので、ドアは細めに開けておいた。
時間がかかるとはいったが、待てども待てども桑原は戻ってこない。9時
を過ぎるあたりまでは覚えていた。しかし、昨夜の睡眠不足と長旅の疲労、
そしてこれまでの緊張が次第に俊彦の意識を蝕んでいった。いつしか座卓
にもたれ、深い眠りに引き込まれていた。

口の中に何かを押し込まれる違和感に意識が戻った。咥えさせられている
のはタオルのようだった。気づくと、前方に投げ出した俊彦の両手首は、
浴衣のものらしい紐で固く結わえられている。桑原の仕業であることは瞬
時に理解した。
――しまった。俺はジジイを甘く見ていた。
幸いまだ足は自由だった。背後の桑原をつきとばすと、俊彦は逃げ道を求
めた。だが、ドアに通じる襖は閉じられていた。意外と重い。足で引き開
けようとしても思うように動かない。体を起こした桑原が、薄気味悪い笑
みを湛えながらジリジリと迫ってきた。
「う、う、うぅぅ」
牽制のため発した声は、タオルのせいで言葉にはならず、獣のようにしか
響かなかった。睨み合いが続く。近づく桑原に足蹴りで対抗する。
――ジジイの狙いはわかった。嘉威の二の舞になるのはゴメンだ。でも、
  どうやったらこの部屋から出られるんだ。
暗澹たる思いを抱きながら、俊彦は遮二無二足を前に蹴り上げた。しかし、
縛られた両手を頭上に上げたなさけない格好ではむやみに足で防御しても、
限度があった。次第に息が上がり、肩が激しく上下に揺れ始めた。力なく
上げた左足を引かれると、俊彦はたやすく転がった。疲弊した両足の上に
桑原と絶望的な運命がのしかかってきた。



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