夜風にのせて 〜惜別〜 5
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五
仕事を終えたひかるがいつものように明に会いに行こうと帰る支度をしていたときだった。
控え室の扉がノックされる。返事をして振り返ると、常連客であり、体の弱いひかるの主
治医でもある医師の高橋と数人の男たちが訪ねてきた。
「ひかるさん、今日のステージも最高でした」
高橋は大きな花束をひかるに手渡す。
「わぁ、ありがとうございます」
ひかるは微笑んだ。その明るい笑顔を高橋は複雑な心境で見つめる。
「それで高橋先生、そちらの方々は?」
呆然としていた高橋は、ひかるの声で我に返った。
「あ、すみません。えっとですね、彼らはレコード会社の者でして」
男たちはよろしくと言って名刺を渡した。
ひかるは状況を理解できず、小首をかしげてその名刺を見入った。
「ひかるさん、あなたの噂は耳にしておりましたが、予想以上で我々も驚いております」
男たちはそう言うと、机の上に持っていた黒い頑丈そうなケースを置いて中身を見せた。
中にはぎっしりと大金がつまれている。
「どういうことですか、高橋先生」
大きな目をぱちくりさせてひかるは尋ねた。
「デビューですよ。つまりあなたのレコードが日本中のお店に並ぶということです」
ひかるは泪を流し始めた。単身上京し、歌手になることをひたすら夢見ていたひかるにと
って、それはようやく望みが叶った瞬間だった。
「ただし条件があります」
高橋は沈痛な面持ちで話し始めた。
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