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(5)
僕は………、恐る恐る尋ねていた。
「その奇策…、見てみたいな。帰り、碁会所に行かないか?」
ルーペで写真のネガをチェックしている進藤は、俯いたままで答えた。
「悪りぃ、今日は森下先生んちに寄る約束なんだ。また誘ってよ」
胸が痛んだ。
―――――また、誘ってよ。
僕が誘わなければ、彼にくる意思はないのだ。
僕は、らしくもなく拗ねてしまった。
「また誘ってもいいのか?」
「え?」
「断るのは手間だろう。それならそうと言ってくれたほうがいい」
進藤が顔を上げた、驚いたように見開いた瞳が、僕を凝視している。
その瞳に、僕は含羞を覚えた。
高校生にもなって、なぜ僕は甘えた口を聞いてしまったのだろう。
そう思うと、進藤の顔を見ていることができなかった。
視線を外す。慌てて、ゲラに目を通すふりをする。
そんな僕の耳に、進藤のため息が聞こえてきた。
「正直……、俺きついんだ」
僕は息が止まるような気がした。
「おまえんとこの碁会所、やっぱ居心地悪いんだよ。塔矢が悪いわけじゃないよ。でも、あそこに行くと余計なことに気が回って、煩わしくなる。俺はただ、塔矢と打ちたいだけなのにな」
「進藤」
顔を上げることができたのは、進藤の声が優しかったからだと思う。
「碁を打つだけなら、誰よりもおまえと打つのが勉強になる。でも、棋戦が始まって、外野に煩わされたくないからさ、自然足が遠のくのも事実なんだよな。俺、学校も行ってないし」
「学校?」思いがけない言葉に、鸚鵡返しになっていた。
「和谷のとことか行くと、若い連中で馬鹿話もできるしさ」


(6)
そう言って、進藤は満面の笑みを浮かべた。
僕は、今度こそ胸を抉られる痛みに言葉を失う。
進藤はプロになってから大人びた。いや、あの数ヶ月に渡って手合いをサボっていた時期を境に、彼は大人びた。
以前の彼を知らない大人たちは、礼儀のなっていない生意気な若者と進藤を腐す。
確かに進藤は、初めてあったときから怖いもの知らずで生意気だった。
でもそれは、囲碁の世界について詳しくない彼の無知から生じる、無邪気なものだったのだと、最近僕は理解するようになった。
秀策の棋譜なら100でも200でも空で並べることのできる彼が、一代前の碁打ちの名前すら知らない。
いや、碁戦の名前だって、全部覚えているか怪しい。
彼は無邪気な子供だった。
大人の中で育ってしまった僕が、どこかで置き忘れてしまったものを出会った頃の彼は持っていた。
だから、真剣に碁を打つ者には到底見過ごすことのできない失言を繰り返した。
それは僕を苛立たせたけれど、それでも彼を憎めなかったのは、何度か目にした彼の美しい一局のせいだったし、彼の……天真爛漫な笑顔のせいだった。
だが、復帰からこっち、そんな笑顔は数えるほどしか目にしていない。
彼は、誰よりも真剣な瞳で碁盤に臨む。
それは、同じ碁打ちとして、喜ぶべきことなのに、それとひきかえるかのように彼があの邪気のない笑顔を忘れたのだと僕は思っていた。
だが、それは思い違いだったのだ。
進藤は、昔のように笑えるのだ。
ただ、僕の前でそんな表情を見せないだけなのだ。
その事実に、僕は一人傷ついていた。



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