白と黒の宴4 5 - 6


(5)

「…国際棋戦は初めてですが、皆さんの期待を裏切らない戦いをすることをお約束します。」
本心の一つではあるが、どこか空々しく表面を取り繕ったような挨拶をアキラは壇上で述べた。
自分が団体戦の大将だとか、国の代表だとかという実感は本当のところあまりない。
今後はこういったアジアという広域を対象としたイベントが増えて行くのは確実だ。
実際自分の父親がそれを日本棋院にけしかけている向きがある。
日本国内だけの王者などどれほどの価値があるというのだろう。それを塔矢行洋は
行動で示そうとしている。
そんな父親が羨ましいと思う。プロを引退して海外で活動しようとしている父親は自分より遥かに
自由で、柔軟で、そして逞しい。
だからこそ今回のこの大会をアキラなりに大切に考え、ヒカルと供に何かを学ぼうと言う気構えが
あったのだ。だが…。

アキラの意識は隣に並び立つ韓国のリーダー、高永夏に向かっていた。
それは会場に居るヒカルの意識が彼に集中しているからだ。
ヒカルのギラギラした大きな瞳が高永夏を捕らえて離さない。
元々ヒカルは激嵩しやすい単純な人間だが、どういう話がどういったかたちでヒカルに伝わり、
ここまでヒカルの中に高永夏という人物像が巣食ったのかはアキラにはわからなかった。
その高永夏もまた壇上からヒカルの方を見ている。
今はまだ、ヒカルの視線を受けての反応程度でしかないかもしれない。
だがもしも彼もまたヒカルが持つ潜在的能力に気付いて関心を持ったとしたら。


(6)
…進藤を見るな…!

言葉には当然出さなかった。だがアキラは何度も胸の中でそう念じた。
念じながら空しさを感じた。
この大会に参加すると決めた先の意識に対してそういう感情を持つのは大きく矛盾している。
ヒカルにとって強大なライバルの存在が国境を超えてあることは好ましいはずだ。
そのための国際大会なのだから。
ヒカルと共にもっと成長していきたい。そう強く思う。
その過程で今回の高永夏との一件がヒカルにとって何か重要な意味を持つような予感もする。
今まで自分には踏み込めなかったヒカルの領域に踏み込むチャンスかもしれない。

ただ考えてみればそのアジアのトップ棋士が、日本のまだ名もない棋士からのおそらく
つまらない誤解からであろう敵意などを正面から受けて立つはずがない。
ヒカルにだって、ちゃんと行き違いをなくした上でこの先高永夏と対決する機会は
いくらでもある、そう説明すれば納得してくれるだろう。そうしよう。
アキラはそんなふうに考えていた。

だが壇上でアキラの後にマイクに向かった高永夏の言葉は意外なものとなった。
―「…本因坊秀策をずいぶん評価しているようだが、ハッキリここで言ってやる。
彼など今オレの前に現れたとしてもオレの敵じゃない。」



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