Trick or Treat! 5 - 6


(5)
シーツをズルズル引きずって、お化けは最後の二人の前に立った。
裾からクマ模様の小さな靴下が除いている。
「とりっく・おあ・とりーと!」
差し出されたナップサックは、既に詰め込まれた菓子ででっぷりと太っている。
芦原は泣き真似をしながらボーロの袋とおしゃぶり型キャンディーをその中に入れた。
「ああー・・・これ、後でアキラくんにあげようと思ってたのになぁ・・・」
「エッ。・・・じゃあ、もう一つ同じおかしを買ってアキラくんにあげなさい。
・・・あなたで最後です!とりっく・おあ・とりーと!」
芦原の菓子をせしめてから、お化けは最後の一人となった緒方のほうに向き直り
ナップサックを差し出した。

――さて、どうしたものかな。
緒方は手の中のハッカ飴とキャラメルの箱を見遣った。
お化けが待ち受けたようにナップサックの口をこちらに向ける。
ふと、これを遣らなかったらどうなるのだろうという考えが湧いて起こった。
そこで緒方は菓子をゆっくり袋に入れる振りをした後、サッと手をUターンさせた。
Uターンの瞬間、お化けが「ぁ、・・・」と小さな声を上げた。

「な、何やってんですか緒方さん!早くあげたほうがいいですよ」
芦原が脇を突っつく。
「いや、まだだ」
緒方は澄まして見せびらかすように菓子を顔の前で振ってみせ、
顔の見えないお化けに向かってニヤッと笑いかけた。
「Trick or Treat、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ――か。なら、これを
遣らなかったらオレは何をされちまうんだ?・・・是非とも、知りたいね」


(6)
急にそんなことを言い出したのは、大の大人たちを振り回し、誰からも大事にされて
翳りない子供時代を過ごすアキラにほんの少しの嫉妬と意地悪心が起こった
せいでもあるし、後にして思えば、アキラの前で他の門下生とは違った行動を
取ってみたかったせいでもあった。
もし緒方が他の人間と同じように素直に菓子を差し出せば、アキラは彼らに対して
したのと同じように可愛らしく頭を下げ、戦利品を抱えてさっさと緒方の前から
去るだけだろう。
アキラを困らせることになったとしても、他の人間に対するのとは違うアキラの反応が
見たかったし、この小さな生き物の前で――それがどうしてかは分からないけれども――
他の相手とは違う自分でありたかったのだ。

――さあ、どうする、アキラくん。
とは言え子供相手にそんなに困らせてやろうというほどの気持ちでもないから、
アキラの反応に関わらず、最後には菓子を与えるつもりだった。
悪戯といっても抓られるかくすぐられるか眼鏡を取られるか、
せいぜいそんな所だろう――
そう高を括って見ていると、お化けは一度ふわりとしゃがんでナップサックを
丁寧に畳の上に置いた。シーツが空気を孕んで、裾の下から小さな風を生む。
それからお化けは少しよろけながら再び立ち上がり、
小さな爪のついた小さな両手でたどたどしくカボチャのお面をずらした。
大口を開けて笑うお化けカボチャの下から見慣れた小さな顔が現れ、
澄んだ大きな黒い目が不安そうに心外そうに緒方を見る。
上出来の表情だと思った。
だがすぐにアキラはフンッと不敵な笑みを浮かべてお面を頭の上にのけ、
シーツを引きずりながらぽてぽてと緒方に近づいてきた。
さあ、何をされるか――
身構えても、いつまで経ってもアキラの手はこちらに伸びてこない。
その代わり大きな黒い目がぐんぐんぐんぐん近づいてくる。
――ちょっと待て、今コイツとオレの距離は何cmになってるんだ?
そう思った瞬間長い睫毛がパサリと閉じて、
緒方の唇に甘い匂いのする柔らかいものが押し付けられた。



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