追憶 5 - 6
(5)
「ボクは遠くからキミを見詰めるだけで、ボクの隣にいるのはキミじゃなくあの人で、時々、キミを思い
出して胸が痛む思いをして、それでももしかしたらそれでボクは幸せだったのかもしれない。
キミがボクのものじゃなくても。」
ゆるくボクを抱いている腕の中でくるりと振り向いて彼を見る。そうして今日初めて、彼の顔を正面から
見る。キミにそんな顔をさせてるのはボクなんだろうけど、ごめん、進藤。それでも聞いて欲しいんだ。
首に手を回して抱きついて、頬にそっとキスする。
「ずっとキミが好きだったけど、それが叶うなんて、思いが通じる事があるなんて、思わなかった。
キミからの応えを、期待なんかしてなかった。
時々、思うことがあるよ。
もしかして、これが全部夢だったらどうしようって、目覚めたらまたボクは一人で、キミは誰か友達と
一緒に笑っていて、ボクはそれを遠くから眺めるだけで、キミを眩しく思いながら何も言うことも出来ず
に、キミに近づく事も出来ずに、一人でいて。こうしてキミを感じているのなんか、やっぱり只の夢で、
現実はボクは一人のままなんじゃないかって思う事が、あるよ。」
でもこれは夢じゃない。現実だ。そうだろう?
ここにいるキミが夢でも幻でもなく現実である事をもっとちゃんと確かめたくて、回した手に力を込める。
抱き返される力が、温かい体温が、キミの存在を確かに現実にしてくれていて、泣きそうになりながら、
それでももっとキミを感じたくて、キミの唇にそっと触れた。
(6)
多分、言いたくなかった事を言わせてしまったような気がして、そんな事まで言わせた自分が情けなく
なる。
どうしてもっと早く、おまえの事好きだって気付けなかったんだろう。
おまえがアイツのものになってしまう前に、どうしてさっさと自分のものにしてしまえなかったんだろう。
今更こんな事、言ったってどうしようもないって、わかってる。
それでも時々、どうしようもなく辛くなる。
こんな事、考える方が馬鹿だってわかってるけど。
オレは何も知らなかったから。
何も知らなかったオレは、全部塔矢から教えられたようなもので、だから時々それを全部捨ててしまい
たくなる。忘れる事にしたつもりだったのに、気にしないって決めたはずだったのに、キスの仕方も、
セックスの手順も、全部全部アイツのものなんじゃないかって、塔矢の中に残るアイツの気配に、胸が
焼け焦げそうになる。
何も知らないおまえと、何も知らないオレと、二人で何にもないところから始めたかった。
こんな冷たい雨が降ってる寒い日は、なんだか不安になる。
確かにこの手の中におまえはいるのに、気が付いたら、ふっと目を離したらいなくなってしまうんじゃない
かって。
夢じゃないかって思うのはオレの方だ。
時々、これは全部オレの都合のいい夢なんじゃないだろうかと思うことがあるんだ。
あの日からずっと、オレが見てる夢なんじゃないかって。
本当はおまえはやっぱりアイツのもので、オレは悔しい思いを抱えたまま何もできずに遠くから、おまえ
がアイツといるのをただ見ているだけなんじゃないかって。
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