裏階段 アキラ編 5 - 6


(5)
「緒方さんも、やはり高校は卒業した方がいいと思いますか…?」
テーブルの上でコーヒーカップを両手で包むようにしてアキラが問いてきた。
食事を全て終え、さらに別のラウンジに移動してようやくこちらも煙草を手にする。
その最初の煙を肺に収めた時だった。
思いつめたと言う程でもないが、アキラの表情はどこかひどく頼り無さげだった。
彼を食事に誘ったのはそのせいでもあった。何かに悩んでいる様子があったのだ。
海王の系列の高校にアキラは進学した。
そこもそれなりの進学校のはずであったが殆ど出席日数が期待出来ない生徒でもレポートの
提出等で単位が与えられるシステムらしい。
昔は世程の特種技能系やいわゆる芸能の世界での話であったが。
「学業との両立は辛いのかい?」
「勉強は嫌いじゃありません。ただ…」
「まあ、勉強なんてどこでもやれるものだがね。」

「いつもここに来ているのね。そんなに本が好き?」
上級生との「話し合い」の後で傷口から出た血で本を汚さぬようページを捲っていて
そう声を掛けられた事がある。もっとも血の汚れの殆どは相手のものであったが。
退校時間真際の図書館で辺りにはもう他の生徒の姿は見当たらなかった。
クラスメイトなのかどうかすら分からず、ちらりと視線を向けた後は黙っていた。
高校生には見えない小柄な女生徒だった。


(6)
「お父さんが囲碁が好きで、新聞とか買って来るの。緒方君すごく強いんだってね。
応援してるから、がんばって。」
相手の微かに足が震えているのがわかった。
そんなにオレが怖いのなら、無理に声を掛けて来なくてもいいだろうにと思った。
手合いで殆ど学校に来れない中で時折授業の書き写しのノートがオレの
机の中に入っている事があった。
何人かで事務的に順番にされたものなのか、複数の筆跡で書き込まれていた。
だがそのノートが本人が家に持ち帰る事は殆ど無く、特に謝意を示す訳でもない相手であった
ために次第に書き込まれる量は減っていった。
ただ1人の筆跡だけでノートへの書き込みは続いていた。
丁寧に分かりやすく、試験に出るポイントを重点的にまとめてあった。
図書室で声を掛けて来た女生徒とそのノートの書き込みの主が同じかどうかは分らない。
2年生となる前に高校を中退した。
同時に塔矢家を出る事を「先生」に伝えた。既に碁会所に通う内に知り合った
女性のところに寝泊まりしていてほぼ塔矢家を出ていたのも同然だった。
本当は「先生」に結婚話が持ち上がり話が進められた時期に出る意志は固まっていた。
それがずるずる伸びたのは結婚相手となる明子夫人が反対したからだ。
「セイジ君がいないとこの家の事が分らないわ。先生はあてにならないもの。」

「…緒方さん?」
返事のないこちらに怪訝そうに首を傾げ些か不機嫌そうにアキラが呼び掛けて来た。



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