邂逅(平安異聞録) 5 - 6


(5)
やがて光が落ちつくと、そっとその身体を離す。
光は黙って佐為を見上げていたが、涙の残る瞳を袖で拭うと、懸命に笑顔を作って言った。
「佐為、お前がもし…宮中でいじめられたりして困ったら、真っ先にオレの所へ来いよ。
 オレ、お前のこと絶対守ってやるから…絶対一緒にいてやるから」
「光…」
「だから、オレに黙って何処かに行っちゃうなんて、許さないからな」
万感の思いを込めて、光は佐為の首に腕を回して身体を摺り寄せるように抱き締める。
光の体温をその腕に感じながら、佐為は光の言葉を嬉しく思いながら、おそらくそれは
無理であろうと、予感していた。
(光は宮中の事を知らない…政敵に敗れたものがどんな末路を辿るのかも。
 私はきっと最後まで光の元には行けまい…それでも)
佐為は額を光のそれと合わせる。己が心が少しでも光に伝わってくれるように。
(それでも、私の魂は光と共に有りたい…例え時間がかかったとしても)
光は佐為の真剣な表情に気遣わしげな顔をしたが、やがてくすぐったそうに笑った。
この笑顔をずっと忘れないでおこうと、佐為は瞳に焼き付けるように見つめつづけた。


(6)
「明殿」
夕暮れの大路で意外な人物に声を掛けられた。相変わらず笑顔の優しいひとだった。
「佐為殿…」
「これから、お勤めですか?」
「ええ…。佐為殿、あの、聞きました…その…」
「ああ、あのことですか…」
明には佐為に対して掛ける言葉が見つからず、口篭るしかなかった。
「流石に宮中では話が回るのも早い…まして明殿は名高い陰陽師ですものね」
「…」
「驚かれましたか?でも、私はいつかこうなるような気が…ちょっとだけ、していたんです」
唇を噛み締めて視線を落とす明に、佐為はまるで慰めるかのような優しい口調だった。
慰められるべきは佐為であるはずなのに、明は困惑した。どうして良いのか分からない。
「…これから、近衛のところへ?」
「ええ、そのつもりです」
「近衛は、まだ何も知らないでしょうね…」
「そうでしょうね」
佐為は一瞬だけ泣きそうな笑顔を見せた。それから、つとめて明るく言った。
「光は…私が宮中でいじめられたら、真っ先にオレの所へ来いって言ってくれたんです。
 だから、光に泣きつきに行こうかと思いましてね」
「そう、ですか…」
「優しい子でしょう?」
「ええ、そうですね…近衛らしい」
「そうなんです、だから…明殿、これからもずっと、光の良いお友達でいてあげてくださいね」
まるで光の母親のようなお願いをする佐為を明はそれ以上まともに見ていることはできなかった。
頷いたままの顔が上げられず、明はそれっきり黙りこくってしまった。
「さようなら、明殿」
佐為が去った後も、明はしばらくそこから動けなかった。涙が引っ切り無しにこぼれた。
死を覚悟した人の笑顔とは何と美しいものだろう、と。明は、この日を忘れたくない、と思う。



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