灑涙雨 (さいるいう) 5 - 6


(5)
降りしきる雨の音を耳にしながらヒカルは思う。
一年に一度しか逢えないのは悲しいけれど、一年ぶりに逢えるのはそれ以上の喜びだろう。
けれど朝が来てまた別れなければならないとしたら、彼らの胸にあるのは、何だろう。
あと、一年は逢えないのだという哀しみだろうか。
一年経てば逢えるという希望だろうか。
かささぎの渡す橋を渡って出会った二人はどうやって別れていくのだろう。
納得ずくで、一年後に逢える日の事を想って背を向けて歩き出すのか。
離れたくないと抱き合った二人を天が無理矢理に大河の両岸に引き離すのか。

一年後に、必ず逢えると保証されているのなら、しばしの別れにも耐えられるかもしれないけれど、その
一年後が、自分にも相手にも必ず訪れるという保証など、どこにも無いだろう。
人の儚さをもう知ってしまった自分には、例え一日先でも、確実に信じられるものなど無いと思ってしまう。
ましてや自分も、彼も、日々危険に身を晒しながら生きているのだ。

自分にも、彼にも、それぞれ在るべき場所があり為すべき事がある。それらの合間を縫ってのほんのひと
時の、束の間の逢瀬。明日の朝、笑って別れたとしても次にまた逢えるという保証などどこにも無い。
それでも。
だからこそこのひと時が愛おしい。
為すべきことを放棄して神の怒りをかい、引き離された恋人たちを、責めようとは思わない。けれどまた、
自分は彼らのように全てを投げ打って恋人の下にいることは出来ないだろう。そして彼も、それを許す男
ではないだろう。


(6)
そうだ。あれは彼の言葉だったのだ。
「君は在るべき所に在り、為すべきことを為さねばならない。」
その言葉を聞いたとき、一緒にはいられないと突き放されたようでとても哀しかったのだけれど、それでも
彼の言葉は正しかったのだと後から思った。
あの時、彼はどのような思いで自分を送り出したのだろう。
己の感情を滅多に表に出す事の無い彼が、けれどその表層に反して誰よりも熱く激しいこころを持って
いる事を、知っている。その熱い眼差しが、誰か他のひとのものだと思っていた熱い身体が、こうして今、
己のためにある事が、今でも時折、信じられないように思う。
初めて彼が想い人を語った時、胸に感じた痛みが、その後何度も自分を襲った苦しさが、あの焼け付く
ような思いが、嫉妬と名付けられるものであったと、今では知っている。

彼の袖を引き、振り返った彼の瞳を見つめると、彼の瞳の奥に炎が揺らぐのが見えた。自らの瞳に映る
その炎に、燃え上がるような喜びを感じながらヒカルが目を閉じると、彼はヒカルが望む通りの熱い抱擁
とくちづけを、惜しみも無くヒカルの上に注いだ。嬉しくて、同じように熱い抱擁とくちづけを彼に返した。
「そう言えば、今日俺が帰ってくるの、どうして知ってたんだ。
ここに来た時にはもう門に迎えが出ていて、」
「僕を誰だと思っている。」
ヒカルの目を見つめ返しながら、彼は薄い笑みを浮かべた。
「僕自身の身体はここに在ったとしても僕の目は至る所にある。それが君を見逃すとでも?」
深い色の瞳に覗き込まれるように見つめられると、背がぞくりと震える。
この瞳がずっと欲しかった。
この熱さに、ずっと焦がれていた。
いつからこんなにも彼に恋してしまっていたのか、わからない。
「支庁の生垣に咲いている夕顔の花が、教えてくれた。
君が帰ってきたことを。君が僕を訪ねてきてくれることを。」
耳元で囁く彼の声をうっとりと聞きながら、彼の身体を引き倒した。



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