残照 5 - 6


(5)
ごめんなさい、塔矢先生、と口の中で繰り返す。
そして、ごめん、佐為。

もっと、打たせてやれば良かった。
オレが打ちたい、なんて言わないで、アイツの好きなように、好きなだけ、打たせてやれば良かった。

あの頃、何度も繰り返した、苦い後悔がまた甦る。
自分が打たなければ、もう一度戻ってきてくれるのではないかと、思った事もある。
自分の打つ碁の中に佐為はいるのだから、それで十分なのだと、佐為のいない今も、碁を
打っている時は一緒だと、自分に言い聞かせた事もある。
でもそれは言い訳に過ぎず、それが佐為を失った悲しみの埋め草になる訳じゃない。
佐為がいない代わりに、佐為のように扇子を手にし、佐為のように神の一手を極めるのだと
宣言しても、自分が佐為に成り代われるはずもなく、目標までの気の遠くなるような距離と、
自分の歩みの遅さに、焦燥感が増すばかりだ。
一点だけを見つめて、もっと早く、もっと高みへと、気は焦るばかりで、ピリピリとした感覚が
ヒカルの身を苛んだ。
だがその痛みすらも不快ではなかった。むしろ、もっと、そうやって焦燥感に追われて走り
続けていれば、他の事を考えずに済む。他の痛みを忘れていられる。
それなのに、忘れていたかった、心の奥に封印していた願望が、行洋の言葉で甦ってしまった。

―どうしている?また、打ちたい。


(6)
「進藤君?」
俯いて身を震わせているヒカルに、行洋は声をかけた。できるだけ、優しく。
弾かれたように、ヒカルが顔を上げた。
ヒカルの大きな目から涙が零れ落ちた。あふれ出た涙は止まらず、ヒカルの顔が嗚咽に歪んだ。
驚きに目を見張りながらも、行洋はゆっくりとヒカルに近づき、泣き出すのをこらえているような
ヒカルの頭を慈しむように撫でた。
その手が引き金になった。
「あ‥」
ヒカルの口から嗚咽が漏れ、そしてそれはすぐに大きな叫び声になった。
「あああーーーっ!」
ヒカルは行洋に抱き付いて、大声で泣いた。
「佐為、佐為、佐為ぃいーー!
どうして、どうして、いなくなっちゃったんだよぉ!
オレを置いて、オレを一人だけ置いて、
なんにも言わないで、さよならも言わないで、
どうして一人でいっちゃったんだよぉおお!」
突然泣き出した少年が、わからない。
だが悲しみは、こらえているよりは吐き出してしまった方が良い。
自分にしがみついて泣いている少年の背を、行洋は優しく、とんとんと叩いてやった。



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