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(5)
ヒカルが塔矢家に入るのは今日が初めてではない。
「オマエんち、行ってみたい」と興味本位で言って以来、特に塔矢夫妻が海外にいる事が
多くなってからは、ヒカルはかなりの日数をそこで過ごしていた。
但し、アキラからヒカルを誘った事は一度もない。
いつもヒカルの方から自分の家にアキラを誘い、誘われなくてもアキラの家に行きたいと
言った。
時にはいきなりアキラに電話を掛けてきて
「今からオマエんとこ行っても良い?」
そんな事もある。
そして、そこにいて何をするかといえば、勿論碁を打つ事もあったが、本を読んでいるア
キラの隣でただ単にぼーっとしているだけの時もあった。
アキラが「何しに来たんだ」と聞くと、ヒカルは惚けた調子のまま、「今日、平日だから
誰もいなくてさぁ」などと答え、そのままずりずりと日の当たる場所に移動して微睡む。
何もしないのなら自分の家に居れば良いじゃないか、とアキラは思ったが別に居て邪魔な
訳で無し。
とりあえずひなたぼっこが好きな虎猫(アキラの主観的にヒカルはこういうイメージらし
い)は放置される事になった。
(6)
アキラにとって、初めて会った頃のヒカルとは、いつも騒がしく落ち着きが感じられない
存在だ。
やや礼儀に欠けていて、ちょっと言葉足らずな、直情型。
その反面、無邪気で屈託の無い明るさで色々な人に愛され、そして何よりも、誰よりアキ
ラの心に(良くも悪くも)遠慮無く入り込んでくる、そんな少年だった。
だが、この家で一緒に過ごす時間が多くなって気が付いた事がある。
ヒカルの目が、時にとても遠い処を見ている事。
その時の背中が酷く淋しげな事。
喉の乾きを感じて本から顔を上げたアキラが偶然目にして以来、その光景はしばしば見ら
れるようになった。
ただし、それはほんの一瞬の事で、気が付いた時には「ん? もう読み終わったのか?」
と、ヒカルがのほほんとした笑みを湛えていた。
アキラがその後『それ』に何度か気付く機会があったのは、文章を目で追いながらも全身
の意識がヒカルの方に向いていたからだ。
初めて見た時には、そぐわない、そう思った。
少なくとも塔矢アキラの知る進藤ヒカルはそういう目をする少年ではなかったハズだ。
だが、忘れもしない彼が「もう打たない」と言った頃から、アキラの知らない色々なヒカ
ルは時々顔を見せていた。
そして、同時期、彼から極端に『幼さ』が抜け始めたのも気のせいではないだろう。
よってヒカル猫の『それ』に気付いたアキラは、進藤もこんな表情するんだ、と自分を無
理矢理納得させた。
心の底にほんの僅かな違和感を残したまま。
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