Shangri-La第2章 5 - 7


(5)
―――誘われている。
緒方は、はっきりそう感じていた。
海が見たいと言われて何となくそう思った。
部屋へ連れてきて、それが確信へと変わった。

緒方はそっとアキラの頭に手を乗せた。
安全かつ確実にアキラを落ち着ける方法は、これしか知らない。

最近のヒカルの噂は聞いている。
もともと、他人に関する噂とか情報の類には興味が薄いこともあって、
かなり疎いと自覚していた。そんな緒方ですら耳に入る位だから、
かなりメジャーな話に違いない。
大方、ヒカルはアキラを放っておいてそちらに夢中になっているのだろう。
そしてアキラはアキラで、空いた身体を持て余している…
とまぁ、そんな所だろうか。


(6)
こんな不安定なアキラに既視感を覚える。
初めて緒方の部屋に泊めた頃だ。あの時も、酷く混乱していた。
色事を何も知らない子供時代でさえ、
その思い悩み心乱れる様子は、奇妙な艶めかしさを持っていたのに
意図したものか、あるいは無意識なのか、
誘いをかける今のアキラの様子と言ったら、全くどうだろう?

気がつくとアキラは寝息を立て始めていた。
今のアキラは危険な匂いがする。
できれば帰してしまいたいが、一旦起こしてしまえば
今日の様子では、帰らないと言い出すに違いない。
かといって起こさずに連れ帰ろうにも、小さな子供ならともかく
いかんせんこの体躯では、もうそれも難しい。
とりあえず眠らせられた事だし、このまま朝まで寝かせておいて
明日出掛ける時に、家まで送ればいいだろう。
そう考えて、アキラの頭の下から緒方がそっと身体を外そうとした所で
アキラが身じろいだ。


(7)
「ん……?…おが…た、さん…」
「あぁ、起こしてしまったか。
 アキラ君、今日は泊まっていっていいから
 風呂に入ってベッドで寝なさい。風邪引くぞ」
「あ、はい……」
アキラはのっそりと身体を起こした。少しぼうっとしているようだった。
緒方はあえて事務的に続けた。
「下着の替えは、買い置きを出しておくから使いなさい。それから…」
「いえ、洗濯機だけ、貸して下さい…。
 どうせこの部屋で、下着つけて寝たことなんて、ないし…」
真実とはいえあまりの言葉に緒方が言葉を失っている間に
アキラはゆっくり立ち上がって、そして不意に振り返った。
「バスローブ、使っていいですか…?」
微妙にうろたえている緒方には短く、あぁ、とだけ返すのがやっとだったが、
アキラはそれを聞くと、礼も言わずにバスルームへ向かった。



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