誕生歌はジャイアン・リサイタルで(仮題) 5 - 7
(5)
その時、凛々しい音 と共に店に乱入する男が一人いた。そう、彼の名は塔矢アキラ三段。
「やめるんだ!そして、進藤以外、みんな氏ね!!!」
進藤ヒカルの手をひっぱり、店の外へ待避させた後、アキラは火炎瓶を店内に投げ込んだのであった。
連れ出されたヒカルがやっと我を取り戻したのは、アキラに引っ張られ彼の父親の経営する
碁会所の前まで来た時の事だった。
「はっ、離せよ!何だよいきなり!お前っていっつも突然現われやがって、心臓に悪…ムググッ!!」
食って掛かるヒカルを羽交い締めにし、アキラは後ろからヒカルの口と鼻に布状のものを宛がう。
異常な臭気のする布を嗅がされ、やがてヒカルは抵抗どころか何も考えられなくなって行く。
「ムグ…ングゥ……ううう…ん…」
「ハッピーバースディ、進藤…」
薄れゆく意識の中、アキラのその呟きと満面の微笑みがヒカルの脳裏に焼きついた。
(6)
塔矢元名人の経営する碁会所。そこには沢山の人が集まっていた。
市河もいる、緒方も芦原もいる、広瀬や北島など常連客の姿もあり、おまけに塔矢元名人までいた。
いつもと違ったのは、その格好…全員同じ衣装を身に付けていることだった。
シンプルな白いワンピースに身を包み、背中には白い羽、頭にはエンジェルハイロゥを乗せていた。
正しくそれは天使。男…じじいどもの天使軍団であった。
そして碁会所の内装は花とリボンとプレゼントに装飾されている。そう、碁会所は天国と化していた…。
自らも同じ装束に着替えながら、アキラはてきぱきと指示を出す。
「広瀬さん、ピアノの準備はできてますか?本番はトチらないで下さいね。北島さんは指揮棒を忘れないで!あ、市河さん、ケーキは後でいいですから。アッ、ちょっと!花はこちらに…」
張りきるアキラをにこやかに見つめる芦原と、そして対照的に絶望的な表情の緒方がいた。
「ハハハ、アキラったら進藤君の誕生日パーティーだから頑張っちゃって。楽しそうだなあ」
「…ほ、本気なのか、アキラ君…?」
泣き出しそうな緒方の声も、一心不乱に会場設営をするアキラには届かない。
「天使のバースディソングに目覚めると、そこは天国…花に囲まれプレゼントやケーキの山…そしてボク!感動して涙で視界が滲む進藤の目元に優しくキスをしてあげよう…フフフフフ」
アキラは完全にトランスしているようだ。
「老人とオカッパの天使なんて寝起きに見せられたら、進藤じゃなくても泣き出すだろうな…」
遠い目をし始めた緒方の呟きは、今回ソロパートを担当する塔矢元名人のジャイアン顔負けの
発声練習にかき消されていったのだった。
(7)
その頃、ヒカルは夢の中にいた。
目の前には大河が流れている。川のほとりの花畑に腰を下ろしながら、ヒカルは向こう岸を眺めていた。
ペットボトルを持った和谷と消防士姿の伊角がおいかけっこをしているのが見える。
「あの二人、仲が良いんだなあ…ハハハ」
二人の姿が消えた後、今度は対岸に佐為が現れた。微笑みながら手を振っている。
「佐為…?佐為か、本当の、本物の…佐為なのか?」
慌てて立ち上がり、川岸に駆け寄る。ジーンズが水に濡れるのも構わずに川に入った。
「佐為、佐為ー!!何やってんだよ、オレ、お前がいなくて…」
ヒカルが川に足を踏み入れたのを見て、佐為は顔色を変えて必死に何かを訴えかける。
だがヒカルには佐為の声が聞こえず、もどかしさを感じながら、ヒカルはどんどん川の中へと進んでいく。
「今日はオレの誕生日だから、神様が佐為に会わせてくれたのかな…」
だとしたら、これが佐為を取り戻す最後のチャンスかもしれない、そう思えた。
「佐為、今からそっちに行くよ!待ってて、佐為ー!」
「アキラ君!進藤の様子が変だぞ!」
真っ青な顔で泡を噴き始めるヒカル。全身が痙攣し始めている。
「あーアキラぁ、もしかしてエーテル嗅がせすぎたんだろおー?」
「えっ!?…進藤、どうしたんだ進藤!脈もどんどん弱くなってる…これは」
「生死の境をさ迷ってるぞ」
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